巡視船きたかみが見た3.11大津波【前半】

2011年(平成23年)3月11日、
【巡視船きたかみ】が遭遇した津波の動画を文字起こししました。

はじめに


2024年(令和6年)1月1日の元日:月曜日。

多くの方が自宅や帰省先ですごしていた16時10分。

震度7を観測した【令和6年能登半島地震】が発生しました。

当初、NHK中継映像での能登市街には大きな被害は無いかのように思われました。

しかし津波警報が発表された瞬間、女性キャスターが「ただちに避難してください!」と繰り返し始めたのです。

そして、
「東日本大震災を思い出してください!」とも。


さて。

その東日本大震災から13年が過ぎようとしています。

発生時刻:2011年(平成23年)
3月11日(金)14時46分

「二度とあのような悲劇を繰り返さない」という誓いと反省の下に、これまで様々な改善が試みられてきました。

先ほどのNHKキャスターのためらいなき避難メッセージも、その一つです。

今回はそうした誓いと反省をふりかえる意味もこめて、海上保安庁の【巡視船きたかみ】が撮影した動画の文字起こししました。



前回の【巡視船まつしま】の記事と合わせてご覧いただければ幸いです。

きたかみと乗組員たち

PM02きたかみ

海上保安庁広報誌『かいほジャーナル』第60号
[特集 釜石海上保安部]より

かいほジャーナル|海上保安庁 (mlit.go.jp)
kaiho-journal60.pdf (mlit.go.jp)


まずは船と登場人物の紹介から。

今回の動画は【PM02きたかみ】の乗組員が船内から撮影したものです。

【きたかみ】はこの船の2番目の名前で、全長は67.8m。

1980年おいらせ青森海上保安部 就役
2004きたかみ釜石海上保安部 転属
改名
2011年東日本大震災に遭遇
2018年PM02きたかみ解役
PM56きたかみ就役
PM02船歴


当時の乗組員で船橋せんきょう(操舵室またはブリッジのこと)にいたのは次の方々です。

【船長】
船の総責任者。

【業務管理官】
船内№2のポジション。
管理官と呼ばれている。

【航海長】
船舶運航の責任者。
「両舷いっぱい」などの
号令を出している。

【通信長】
船舶無線を使った通信業務の責任者。

【航海士補】
操舵手そうだしゅ
船の進行方向を左右するかじを担当。

【主任機関士】
船の機関(エンジン)を主として担当。
記録集『そのとき海上保安庁は』に
証言を残す。
 

「舵、効きません――」
釜石海上保安部巡視船「きたかみ」
主任機関士

3月11日は、5日間の原発警備を終え、釜石港に向かっていた。

(略)午後2時ごろ定係地岸壁に着岸。バージ船が本船に横付けし燃料搭載を始めた。

燃料搭載終了直前の2時46分、激しい地鳴りとともに、海底から突き上げるような振動に襲われた。船上でも立っているのが難しいほどに揺れ、海面はバシャバシャと波立っていた。

すぐに燃料搭載を中断し、出港用意をする。入港間もなかったことから主機関の暖機は不要であり、また乗組員も全員船内にいたことから通常よりも早く準備を開始することができた。

(財)海上保安協会編著・海上保安庁協力
『東日本大震災 そのとき海上保安官は』成山堂書店2012.3.11 p28

彼ら以外にも、
首席航海士主任航海士らが船橋にいたと推測されます。

14時46分から15時15分までの推移

【きたかみ】の津波避難行動については、船長による詳細な報告が残されています。


公益社団法人:日本海難防止協会 情報誌
『海と安全』2012春号 №552 pdf
【特集】3.11巨大地震と大津波の教訓を伝える
所収記事「釜石港で大津波に遭遇」p48-51


そして、
この記録を元にした発災から映像記録に至るまでの推移は次のとおり。

14時46分
東北地方太平洋沖地震 発生

14時55分
主機関(メインエンジン)起動後、
もやい索を放し揚錨開始。


15時04分
残り錨鎖が半節となる。
錨を引きずりながら航走開始。


15時08分
錨鎖を完全に揚収。
2回目の大きな振動(余震)あり。


「各開口部閉鎖・総員船内に入り、
救命胴衣着用・記録班は撮影」
との船長指示。


15時14分
湾口防波堤付近に、
津波の襲来を視認。

(陸上からもその様子が撮影されている)

15時15分
船の行き足が止まり、
津波に押し戻される。
右舷に35度傾斜し、
操舵手から「舵効きません!」の報告

《以下、動画内容に続く》

【動画】巡視船「きたかみ」 釜石港を襲う津波の中緊急出港

↓デフォルトで0:12から始まる設定としています

巡視船「きたかみ」 釜石港を襲う津波の中緊急出港【海上保安庁撮影】 2011/05/02 産経ニュース 



北防波堤 赤色灯台 【巡視船】 白色灯台 南防波堤
(左転)取舵とりかじ 舵中央 面舵おもかじ(右転)

15時20分 釜石海上保安部の退避

※岩手県釜石港を出港し、
東方向の釜石湾出口へ向かっている

【釜石海上保安部からの無線連絡】
えー、海保基地、各位へ、
きたかみ、こちら海保基地釜石。
***(聴取不能)

右停止。
はい右停止。

これより屋上に退避する。
屋上に退避。

(※15:20頃と推定)

右後進10度。
―右後進10度。

15時23分 防波堤の水没を視認

現在、面舵いっぱいです。

【きたかみ通信長?】
待機したのはなにですか?
どうぞ。

現在、
防波堤が完全に埋もれている状況。
【防波堤 赤色灯台にズームアップ】
ただ今の時刻15:23。

はい右停止。
―右停止。

15時24分 全速前進で湾外へ



あっ潮位上がってきました。
上がってきました。


はい、両舷、はいいっぱい。
―両舷いっぱい。


潮位上がってきました。

戻せ。
―もどーせー。

はい取舵いっぱい。
取舵いっぱい。

無理か?
あー。
無理だな。
あー無理だ…。

あー。
ちょっと無理です…。

はい左停止。
―左停止。

はい左後進10度。
―左後進10度。

はい取舵いっぱい。
取舵いっぱい。

あー管理官、
潮位上がってきた***
(聴取不能)

取舵いっぱいです。
―はい。

舵回ってきました。
回ってきました、舵回ってきました。
回りました。

右前進10度です。
左後進15度。


左は後進効かしてます。

船長出るなら…もう今。

きたかみから
海保基地釜石***

いま
今まぁかなりあるんだ波が。

15:23第二波来襲中。

はい左停止。

第二波来襲中、
どうぞ。

―左停止。

現在取舵いっぱいです。

はい両舷いっぱい、前進。
―はい両舷前進いっぱい。

今、取舵いっぱいです。

行ける?

もうちょい戻せ。
((((もどーせー。)))

はい両舷いっぱい。
―はい両舷いっぱい。

艦首を…、あのー、
コース、コース決める。
―はい。

現在80度。

70度。コース70度で行け。
―コース70度。

針路中央狙います。
―はい。

70度狙う。

えん、エンジン***
はい、左舷***

…狙います。

フル・アヘッド。
フル・アヘッド。

これ地震?…本船?
―でしょうね、地震でしょう。

水が通っとるが。

はい取舵

現在まだ余震が続いてる模様。
現在の時刻15:24。

70度。
戻せ。
―もどーせー。
―舵中央。

70度ヨーソローでいいですか?船長、今。
―はい。

はい、じゃヨーソローで。
ヨーソロー狙う。

今、今、今ヨーソロー。

出力上げた方がいいと思います。

15時24分 防波堤通過とジャイロの変調

【正面から左の赤色灯台に視線を移す】



これ切れてるわこれ。
全開まで…
落っこちたケーソンが。

取舵いっぱい。
取舵いっぱい。

防波堤が津波により、
破壊された模様。

左後方は大丈夫です。
はい。

はい引き波です。押されてます。
今、引き波です。押されてます。

はい取舵30度。
はい、戻せ。
―もどーせー。

きたかみから釜石、
どうぞ。

次、こう来るから、
面舵ぎみにとっといた方が***
はい面舵ぎみとっといて。
面舵ぎみ。

両舷22度です。
―はい。

面舵15度とってます。面舵15度。

ハイ、出ました!防波堤出ました。
コース何度?
―今コース15度。

はい70度で行こうか。
―70度まで。



本船ただ今、
防波堤を通過。

いや、あのー

ただ今の時刻25フタゴー…、

ジャイロ***、
50度ぐらいで***ます。
―50度。

15:24ヒトゴーフタヨン

んー?
なんか…

ジャイロおかしいよね。
おかしいっすね。
おかしいだろ?ジャイロ。


でまた、
うん。
じゃ50度願います。
―はい。

70度だったら、
尾崎(尾崎半島)に寄りすぎる。
うん。

15時26分 湾外へ脱出完了

**型ラインをとります。

【カットされている音声】

(これより湾口わんこう南防波堤の撮影に入る。)
(ただ今の時刻15:26。)

【右舷側への視線に切り替わる】

ただ今引き波により潮が引いた状況。

タケダ。
―はい。

《動画おわり》

用語解説

両舷りょうげん
【きたかみ】の船尾にはプロペラ2本が並列する形で備わっている。この左右のプロペラ両方のことを意味する。


・「両舷いっぱい」
左右両方のプロペラをいっぱいに回転させること。全速前進を意味する。


・「前進〇〇度」「後進〇〇度」
【きたかみ】のプロペラは【可変ピッチプロペラ】という種類。プロペラの羽の角度ピッチ(翼角)を変えることができる。角度の調節によってスピードの増減や後進も可能。ある一定の角度までは、数値が大きいほど増速する。

左右の翼角はそれぞれ異なる値を設定することができる。同時に右前進、左後進させることも可能。


・「コース〇〇度」
北を0度としたときの方位角コースの表現。45度が北東、67.5度が東北東、90度が東。左右の指定がない場合は方位角のことを指している。


取舵とりかじ
船の進行方向についてひだりに舵を切ること。

面舵おもかじ
船の進行方向についてみぎに舵を切ること。


・ヨーソロー(よーそろう)
そうろう」が変化した言葉。(諸説あり。)船をそのままの方向で直進させること。転舵のあと、今向いている方向でよしというときに発することが多い。

・号令
操船は指揮者の号令と実施者の復唱によって行われる。指示通りの作業が完了したときに、もう一度復唱する。

屋上への退避連絡

ここからは船内から聞こえてくるセリフに注目していきます。

まずは動画の冒頭で聞こえる【釜石海上保安部】からの通信です。

こちら海保基地 釜石。

これより屋上に退避する。
屋上に退避。

途切れ途切れなので聞こえにくいのですが、かなり切迫した声です。

というのもこの時、
【釜石海上保安部】が入居する合同庁舎の1階に津波が侵入してきたからです。

そのため庁舎の最上階4階にいた職員らも、さらに屋上へと退避しました。

この様子は保安部職員によって撮影されており、推定時刻は15時20分頃。

発災から約34分後のことでした。

そしてしばらく保安部と【きたかみ】との通信は途絶えます。

しかし、職員の「退避たいひ」を聴き取れなかったのか、通信長(と思われる)が「何が屋上に待機たいきしたのか?」と聞き返しています。

当然それに対する応答はありませんでした。

巡視船の回頭テクニック

右前進10度です。
左後進15度。

船舶の運航において、通常は船尾にある舵を振って左右に前進させます。

ここではさらに右プロペラを前進方向へ、左プロペラを後進方向へ推進させています。

参考画像

測量船拓洋CPP制御ダイヤル



これにより、船首をその場で左へと回頭させています。

(ブルドーザーや戦車のキャタピラ推進方向を左右で逆方向にするイメージ)

つまり湾外から流れ込む津波の勢いに対して、舵だけでは姿勢を保持できなくなったため、プロペラの推力も駆使しているのです。

このような細かな操船の積み重ねによって【きたかみ】は釜石湾脱出に成功しています。

航海長のつぶやき

フル・アヘッド。
フル・アヘッド。

航海長が発した言葉”Full-ahead”。

アヘッドは前進の意味で、後進はアスターン(astern)と言います。

つまりこの場合は全速前進の意味となります。

イメージ画像

エンジン・オーダー・テレグラフ
※昔の船で使われていたもの

そもそも日本の民間商船では英語での操船号令が使用されています。

したがって、左や右に舵を切る際も次のとおり。

・取舵いっぱい
ハード・ア・ポート
(hard a port)

・面舵いっぱい
ハード・ア・スターボード
(hard a starboard)

逆に言えば、
面舵・取舵・ヨーソローなどの和語は幕末の海軍から大日本帝国海軍へと伝わった号令です。

さらにこの号令は現代の海上保安庁海上自衛隊にも引き継がれています。

例えば全速前進を意味する、
「両舷(前進)いっぱい」は【きたかみ】でも何度か使われていました。

では航海長の「フル・アヘッド」という言い方は何だったのでしょうか?

おそらくこれは操船号令ではなく、航海長が船業界での一般的な用語をつぶやいたのではないでしょうか。

すなわちこれは「急げ!急げ!」というほどの意味だと私は推測します。

実際、
フル・アヘッドに対する復唱は聞こえないため、これはやはり号令というより叱咤する言葉として捉えるのが妥当でしょう。

ただ、こうした乗組員たちの言葉にも船舶文化を感じられ、興味深いところです。

ジャイロコンパスの変調

ジャイロおかしいよね。
おかしいっすね。
おかしいだろ?ジャイロ。

なんとか引き波の勢いを借りて湾外へと脱出する【きたかみ】

進行方向左側の防波堤は破壊され、赤色灯台も傾いてしまっています。

その光景を呆然と見送る一同でしたが、まもなくジャイロコンパスがおかしいとの声が上がります。

イメージ画像

ジャイロコンパス
※巡視船のものではありません


ジャイロコンパスとは方位を知るための羅針儀コンパスの一つ。

地震による影響なのか、これに狂いが生じたようです。

そのため、
このままでは進行方向の右側に伸びる尾崎半島に近づきすぎると判断されました。

よって直ちに軌道修正が図られ、
【きたかみ】はさらに安全な沖合へと避難を続けることとなるのです。

…後半につづく…

参考動画

東日本大震災、釜石海上保安部撮影の大津波と引き波/神奈川新聞 2011/05/20(カナロコチャンネル)  

おことわり

①文字起こしの正確性について

今回の文字起こしは船舶運航に関しての素人が行ったものです。

よって聴取不能だった部分があります。

また、動画の内容では専門用語が飛び交うため、
聴き取りが誤っている可能性があります。

この点をご容赦いただくとともに、専門家のご指摘をお待ちしています。


②動画の出典などについて

元の動画は現在でも海上保安庁HPに掲載されています。

しかし動画拡張子が古くなっているせいか、現在のPCでは正常に再生することができません。

そこで今回はYouTubeの産経新聞公式チャンネルのものを掲載しています。

ただし、内容の一部がカットされているため、他のチャンネルからアップロードされているものによって補足する必要があります。

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