2022年(令和4年)11月29日、第9回海洋安全保障シンポジウムで元・第三管区保安本部長のプレゼンテーションがありました。
はじめに
前回に引き続き、
笹川平和財団海洋政策研究所と水交会とのシンポジウムでの、遠山次長の講演動画を書き起こします。
なお、今回の記事でも尖閣警備担当時代の「次長」の肩書でお呼びします。
また繰り返しになりますが、
これは私がヘッドフォンで頑張って聴き取っただけのものです。なので、うまく聞き取れなかった部分もあります。
そこはどうぞご容赦ください。
※このプレゼンで用いられた資料は笹川平和財団HPに掲載されています。
(パネルディスカッション資料①)
【動画】海上自衛隊と海上保安庁~似て非なる組織のこれまでとこれから~
仁愛のモードへ
このミッションにはもう一つおまけがありましてですね。
もう状況もちょっと落ち着いてきて、船が段々段々離れて行く。
我々が少しずつ押し出していったところで、3月(注:8月の間違い)11日の朝5時半ですね。
「メーデー、メーデー」
という貨物船から遭難通信がありました。
最初、
状況がつかめなかったんですけど、すぐ飛行機を向かわせて、状況を確認したところですね、どうも油が浮いてて、この写真にもあります通り、中国の漁船員らしい人が救命胴衣して浮かんでいるということ。
これはたぶん衝突して沈んだんだなと、瞬時に判断しました。
これはもう現場の保安官はですね、誰の指示を受けるまでもなく、ミッションが警備から救難に切り替わるんです。
自動的に。
これは昭和23年発足時からの、海上保安官の精神である「正義仁愛」。
この正義のモードから仁愛のモードに、オートマティカルにボンっと切り替わるんですね。
それで私が指示するまでもなく、現場の多くの船から、
「本船、救助準備完了!」
という報告が上がってきます。
これは「自分の船を救助に向かわせろ」というふうに、向こうが求めてきているんですね。
もう本当に涙が出るぐらい僕は感動しました。
それで全部を向かわせるわけにいきません。向こうの罠かもしれませんね。
偽装の海難をして、そこに巡視船を割いて、その隙に島に向かうということもありましたんで、慎重にそこは状況を判断して、2隻の巡視船を向かわせて、瞬時に6人の漁船員を救助することができたんですね。
まさに「正義仁愛」の表れだというふうに、私は自負しておりますが。
海難事故の顛末
このとき中国の公船、何してたか?
何もしませんでした。
本当に動かない。
国際ブイ(注:国際VHF)で、中国漁船が遭難してるよということを知らせました。
最初は無視です。
黙殺です。
2回目、
通報してあげたら、「通報ありがとう。」。
ザッツオールでしたね。
我々、採証活動もやってましたんで、ここにある写真とか動画も含めて、世界に発信したところ、もう中国国内のいろんな発信が沸騰しましてですね。
「やっぱり尖閣はなんだかんだ偉そうなこと言ってても、日本が実効支配してんだな。」と。
いうようなところで。
全体的なミッションとして、成功することができたというふうに思います。
背後にいるもの
これはやっぱり海保だけで守れるわけではありません。
そのバックには中国の軍艦も遊弋してますので、それを海上自衛隊の護衛艦がマークしていただいて。
それから上空には常時P-3Cが来て、状況の監視を行ってきていただいていると。
そういうなんて言うか、
心の安心感というか、
海自と一緒にミッションやっているな、ということを現場で感じることができました。
海保は逃げない
先ほど中島さんからも話がありました。
海上保安庁は法の支配の担い手です。
そして海上安全保障上の抑止力、いわゆる軍事紛争へ発展することの抑止力としての機能を、今後とも果たしていく。
平和の盾としての立派な機能を果たしていくべきだ、というふうに思っておりますし、日本が強力に推進するFOIP(Free and Open Indo-Pacific Strategy)の、現場における実施者としての機能を果たしていく必要があるというふうに思います。
それから武力攻撃事態となった場合においても、自衛隊と緊密な連携を図りつつ、対処する必要があります。
よくですね、
なんか武力行使になったらば、海保逃げるんだろうとおっしゃる人がいます。
絶対に海保は逃げません!
やること山ほどあります。
まず身を挺して島を守らなきゃいけません。
日本漁船がいたら、それも李承晩ラインと同じに、身を挺して日本の漁船も守らなきゃなりません。
先島の人の避難。
これも海保のミッションになると思います。
そこを自衛隊と上手く連携しながら、国益のためにどれだけ汗を流していくか。
それが今後の大きな課題ではないか、というふうに思いますし、私個人で海上自衛隊との連携で一番重要なのは、先ほど二川学校長からもおっしゃいましたMDA(Maritime Domain Awareness)、海洋の状況把握。
これはやっぱりリアルタイムでお互い共有するというのが、ミッションのまず最初の協力すべきところではないか、というふうに考えております。
すみません、
だいぶ長くなりましたけれども、
以上、現場で海上保安官が何を考えて業務をやってるのか。
繰り返しますけれども、
純然たる法執行機関としての矜持、プライドを持って、軍事紛争に決して発展させることがない、ということを心に誓いながら、今のこのときも尖閣周辺、日本全国で海上保安官が日本の海を守っている。
…ということを、
ご理解いただければというふうに思います。
どうもご清聴ありがとうございました。
後半終わり
後半の補足
自由で開かれたインド太平洋戦略
2016年(平成28年)8月に、安倍総理大臣が提唱した日本政府の外交方針のこと。英訳は”Free and Open Indo-Pacific Strategy”(略称:FOIP)。
「自由で開かれたインド太平洋」の実現のために次の三本柱が挙げられている。
① 法の支配,航行の自由,自由貿易等の普及・定着
② 経済的繁栄の追求
③ 平和と安定の確保(海上法執行能力の構築ほか)
→外務省HP「自由で開かれたインド太平洋」
海洋状況把握
海洋に関連する多様な情報を集約・共有することで、海洋の状況を効果的かつ効率的に把握すること。”Maritime Domain Awareness”(略称:MDA)。
日本が今後強化すべきこととされている能力の一つ。
→内閣府HP「我が国における海洋状況把握(MDA)」
後半の感想①正義と仁愛
以上、
遠山次長による尖閣警備の体験談と、今後の海自との連携に関する講演でした。
前半は領海警備という法執行の厳しさが語られたところ、後半では人命救助に関するエピソードが披露されました。
この海洋における法執行と人命救助のどちらも、海上保安庁の重要な任務です。そして、この両方を海上保安官たちが見事に成し遂げたことを、遠山次長は【正義仁愛】の精神の表れと評価しています。
それではちょっとここで、
【正義仁愛】を定めた大久保武雄:初代長官の言葉を引用してみましょう。
海上保安庁の精神 ― 正義と仁愛
大久保武雄『海鳴りの日々』初版p67-68 海洋問題研究会
私は、職員を前にして「海上保安庁の精神は”正義と仁愛”である」と、海上保安庁の基本となる考え方を述べた。
正義は、海上治安維持のよって立つ精神であり、仁愛は、人命保護と航海安全の象徴であるとした。
密航、密貿易、密漁等犯罪の取締まりには正義の信念と厳しい行動が要請され、遭難船の救助、灯台の維持、水路測量、機雷の掃海等には仁愛の情と献身の勇気を必要とする。
厳しさと献身とは決して矛盾しないし、その心情と行動が調和したところに、海上保安庁の伝統と精神が生まれると考えた。
今回、語られた一連のエピソードは、まさに大久保長官がかくあるべしと願ったことそのものではないでしょうか。
領海警備の厳しさと人命救助への献身を、一人の海上保安官、一隻の巡視船、一つの組織が矛盾なく調和させてみせる。
海上保安庁の面目躍如!
といったところでしょう。
後半の感想②信じてまかせる
さて、
遠山次長が最後に触れていた、
「有事になったら」「武力攻撃事態になったら」海上保安庁は現場から逃げるんだろうとの意見(というか誹謗中傷…)は、私もSNSなどで見かけたことがあります。
海上保安官でもなければ、
軍事専門家ではない私には非常にデリケートな問題ですが…。
以前に映画『シン・ゴジラ』を題材に海保の対応を考えてみたことがありました。その際に、海上保安庁にはやるべきことが山ほどあるなと私も思ったものです。
それは、
付近を航行する船舶への警戒情報の発信であったり、無関係な人や船の避難誘導、航路標識が破壊されればその復旧など。
もしかしたら、
ゴジラと実在の脅威を一緒にするな!と批判されるかもしれません。しかし、私なりにマジメに考えてみたことなので、記事を一読いただければ幸いです。
→巡視艇はまなみとシン・ゴジラ③
それはそれとして、
遠山次長は「海保は絶対に逃げません!」と断言していました。この講演の中で最も語気強くハッキリと。
以下は私なりの考えですが。
軍事力による現状変更の試みに対して、軍事力によってこれに対抗するのは、ある意味でシンプルな構図です。
しかし、
海上保安庁(と日本政府)は、そもそも軍事力が衝突するような事態にさせないことを念頭に行動しています。それは一見もどかしく、じれったい対応のようにも感じられることでしょう。
だからと言って、
海上保安庁が消極的な、弱腰の気持ちで領海警備に当たっているわけではない。…このことは今回の遠山次長の講演でよく理解できると思います。
(なお、私は他者を非難するときの「弱腰」という言葉が好きではありません)
それこそ半日かけて遠山次長の体験談を聞きたいくらいです。いや、むしろ本にまとめて出版してほしいですね。
なぜなら、
私自身が今回の講演によって、尖閣警備に当たる海上保安官の実態を知ることができたからです。さらに、そのことは現場の海上保安官の方々を信じてまかせてみようという気持ちにつながります。
(あたかも『踊る大捜査線』の室井管理官が、青島刑事を信頼したように…)
とにかく実態を知らなければ、
信頼も生まれません。
今回の講演録が海上保安庁に対する信頼醸成の一助になることを願いつつ、あらためて遠い海で活躍する海上保安官の方々に敬意を表するものです。
【参考動画】
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