巡視船の外観デザインを調べてみるシリーズの第2弾です。
はじめに
さて↑この写真にご注目。
これは昭和60年(1985年)の【巡視船そうや】ですが、現在と異なる点があります。
それはどこでしょうか?
「船番号がPLHじゃなくてPL!」ってのはそのとおりなんですが…。
そこじゃなくて、
やけに船体を真っ白く感じませんか?
そうです。
アレがないんですよ。
海上保安庁の英語表記である、
”JAPAN COAST GUARD”のロゴが船体に描かれていません。
逆に言うと、
現在はこうなっているワケですね。↓
白い船体に大きく描かれたJCGの文字。
船首のS字章とも相まって、スッキリとした印象を与えるデザインではないでしょうか。
このJCGロゴは巡視船建造の歴史の中で、途中から描かれるようになったものです。
そして、そのさきがけとなった巡視船の一つが【PLH01そうや】でありました。
竣工:1978年11月22日。
現役巡視船としては最古参。
ヘリコプター搭載型巡視船【PLH】の1番船であり、【PLH】としては唯一の砕氷船です。
(2023年1月現在)
今回はそんな最古にして初、唯一のステータスを持つ【そうや】を題材に、JCGロゴについて調べてみました。
ということで、
巡視船の外観デザインを考えるシリーズ第2弾の始まりです☆
JCGロゴはいつから使われている?
そもそも、
このJCGロゴはいつから使われるようになったのでしょうか?
答えは、
2000年(平成12年)4月1日から。
平成12年版の『海上保安白書』をみてみると…。
広報・地域連携を推進するために
(12年4月、5月)12年4月から、広く国民の皆様に海上保安庁の業務を分かりやすく理解していただくため、海上保安庁のロゴ、ロゴマーク及びキャッチコピーを定めた。
ロゴ 和文ロゴは、ゴシック体を基調とすることで安定感と力強さ・威風を表現し、海上保安庁の誠実さと海上保安庁への信頼感を表現している。
平成12年版海上保安白書 海上保安をめぐる主な出来事 (mlit.go.jp)
英文ロゴは、イタリック体とすることで安定感と躍動感・スマートさを表現し、海上保安庁が国際社会において颯爽と活躍する姿を表現している。
なるほど、
今から20年ほど前に定められたものだったんですね。
20年前…と言うとかなり昔のように感じますが、海上保安庁の約70年の歴史の中では近年の出来事。
21世紀の到来を目前にして、国内外に改めて海上保安庁をアピールしようという意気込みを感じます。
ところで。
改めてよく見てみると、アルファベットはすべて大文字なんですね。
○ JAPAN COAST GUARD
✕ Japan Coast Guard
なんとなく無意識に大文字・小文字の組み合わせだと思ってました。
巡視船や冊子で何度も見ているロゴなのに、不思議~。
(;^ω^)
JMSAからJCGへ
それではもうちょっと平成12年(2000年)前後のことを調べてみたいと思います。
和文ロゴ・英文ロゴが定められたこの年の4月1日。
この日の『海上保安新聞』に次のような記事が掲載されていました。
海上保安庁が英文名称変更
海上保安協会『海上保安新聞』第2485号 平成12年4月1日(土曜日)8面
海上保安庁は四月一日から英文名称を「Japan Coast Guard」に変更する。
これまで英文名称は「Japanese Maritime Safety Agency」だったが、海外の例を見ると、省庁名に「Maritime Safety」を使っている機関は捜索救難、航行安全規制などの「海上の安全」に関する業務をしており、現行の英文では海上保安庁の警備機関としての性格が十分に表現されていない。
さらに、海上保安官の外国船の立入検査に際し、相手に理解してもらえず「Japan Coast Guard」と言い換えている実情がある。
海上保安庁と業務内容が近い各国の機関が使っている「Coast Guard」の方が国際的にも理解が得られ、海上保安庁の業務内容をより適切に伝えられるとして対外的に改めることになった。
これに併せ、「海上保安庁」と「Japan Coast Guard」の字体を(中略)決めた。文字は紺青色で表す。
この記事によると、
まずジャパン・コースト・ガードと海外向けに名乗ることとし、それと同時にロゴデザインも決めたというわけですね。
ちなみに、
昔はジャパニーズ・マリタイム・セーフティー・エージェンシーと名乗っていたことを知らない人も多いんじゃないでしょうか。
なんせ20年以上も前の話ですからねぇ。
たとえば現在の海上保安庁の職員章は、コンパスマークに梅の花、そして「Coast Guard」の文字があしらわれています。
昔はこの文字が「MSA JAPAN」となっていました。
MSAはもちろんマリタイム…の頭文字ですね。
ロゴはいつから描かれるようになった?
さて、
2000年4月に英語での庁名をJCGと改め、そのロゴもかっこいいものが決まりました。
あとはこれを巡視船の船体にデザインしていくだけ!
これまた当時の『海上保安新聞』の記事を引用してみると…。
「そうや」外舷に英字名を表示
海上保安協会『海上保安新聞』第2496号 平成12年7月6日(木曜日)5面
海上保安庁の英文名称「JAPAN COAST GUARD」が釧路保安部の砕氷型巡視船「そうや」の外舷に表示された。新造船では新「もとぶ」に表示されているが、現役船では「ざおう」(塩釜)とともに第一陣。
「そうや」は横浜の(株)日本鋼管鶴見造船所で特別整備中。船体総塗装に併せ、紺青色で英字名が書き加えられ、六月十九日、ドックから引き出され、新しい顔を見せた。
船型、番号も黒から紺青色に替えられ、白い船体、紺青色のS字マーク、英字名のコントラストがスマートで清新な印象を与えている。英字名のJ、C、Gの大きさは船型番号の一・一倍。この姿で七月三日から北の守り。(釧路・そうや)
同年6月頃から、既存の巡視船にJCGロゴが塗装され、【PLH01そうや】【PLH05ざおう】がその第一陣だったそうです。
これ以降、他の既存巡視船たちも塗装されていき、現在私たちが見慣れた船体デザインになっていったわけですね。
ところで、
この記事にちょっと補足。
最初からJCGロゴが描かれた新造船【もとぶ】とは、【PL08もとぶ】のことです。
現在は高知海上保安部に所属し、船名も【とさ】に変更されています。
そして、
【そうや】に塗装を施した(株)日本鋼管鶴見造船所は、現在のジャパン・マリンユナイテッド(株)横浜事業所:鶴見工場のことかと思われます。
時代の流れを感じさせられますね…。
なぜロゴを表示するようになったのか?
こうして、
英字庁名の変更
↓
JCGロゴの決定
↓
船体への塗装
…と進められてきた船体デザインですが。
そもそも、
なぜ英字庁名を巡視船に大きく描くことにしたのでしょうか?
紺青色のペンキ代も結構かかりますから、何かそうする必要性があったはず。
これについて私なりに考えてみると…。
JCGロゴの船体塗装が始まった西暦2000年から、少しさかのぼった1996年。
同年6月に日本は【国連海洋法条約】に批准し、7月20日に発効しました。
この条約の正式名称は『海洋法に関する国際連合条約』で、海の憲法とも呼ばれています。
領海・接続水域・大陸棚…などの定義が定められている、とても重要な国際条約です。
(なお、同じく1996年に韓国・中国も批准しています。)
そして、
この条約のなかで認められた締結国の権限として、次のようなものがあります。
【105条】海賊船舶を拿捕する権限
【110条】外国船舶を臨検する権限
【111条】外国船舶を追跡する権限
【220条】海洋環境汚染にかかる船舶検査・抑留
そして、
これらの権限を行使することができるのは、次の2つとされています。
・軍艦、軍用航空機
・政府の公務に使用されていることが明らかに表示されており、かつ、識別されることのできる船舶または航空機で、そのための権限を与えられているもの
まず軍艦の定義は条約第29条に定められています。
そして、その他の船舶は3つの条件をクリアしていなければ、権限を行使することができません。
まず海上保安庁は『海上保安庁法』によって、日本政府から権限を与えられています。
そして、巡視船艇は政府の公務に使用される船舶です。
しかしこれだけでは足りません。
さらに政府公務での使用が
「明らかに表示されており、かつ、識別されることができる」必要があります。
実はこれと同じような規定は『海上保安庁法』にもあるのですが…。
海上保安庁法
海上保安庁法 | e-Gov法令検索
(昭和23年法律第28号)
第4条2項
海上保安庁の船舶は、番号および他の船舶と明らかに識別し得るような標識を附し、国旗および海上保安庁の旗を掲げなければならない。
第32条
海上保安庁の船舶以外の船舶は、第4条第2項に規定する標識もしくは海上保安庁の旗またはこれらに紛らわしい標識 もしくは旗を附し、または掲げてはならない。
※読みやすいように原文を適宜改めています
この『海上保安庁法』自体の規定によって、以前から巡視船には庁旗・コンパス章・S字章など様々な表示がなされてきました。
これらに加えて、
1996年に『国連海洋法条約』を批准したことで、外国船舶に対してさらに強くアピールする必要性が高まっていたと考えられます。
さらに、
名称変更した2000年(平成12年)4月には、「海賊対策国際会議(海上警備機関責任者会合)」が東京で開催されています。
この会議では『アジア海賊対策チャレンジ2000』が採択され、これに基づいて巡視船が東南アジア各国に毎年派遣されています。
そして同年12月には、
「北西太平洋地域 海上警備機関 長官級会合」も初めて開催されています。
会合には韓国・ロシア・アメリカ・日本の海上警備機関の長官が東京に集まりました。
以上のように、
様々な国際会議の開催に当たって、海上保安庁は英字庁名の変更に踏み切り、そのロゴを巡視船艇・航空機でアピールすることを決めたのだと思われます。
海上保安レポート 2008年版 / 特集1 海上保安庁 激動の10年 2000年 (mlit.go.jp) 海賊対策連携訓練 長官級会合
まぁ実際問題、
「Japanese Maritime Safety Agency」のままでは、長すぎて船体に描き切れないような気がします。
かと言って2行に分けると文字が小さくなりますし…。
(-ω-;)ウーン
ここはやっぱりデザイン的にも、
JAPAN COAST GUARD の方が簡潔にして明瞭ですね。
【参考文献】
国連海洋法条約と法執行機関船舶について、村上暦造・森征人『海上保安庁法の成立と外国法制の継受―コーストガード論―』p35-36から大いに知見を得ました。
同論文は、(財)海上保安協会・海上保安庁創設60周年記念書籍編集委員会『海上保安法制―海洋法と国内法の交錯―』に所収されています。
JCGそうやのこれから
話を【そうや】に戻します。
【そうや】にJCGロゴが施されたことで、外国の船舶から
「あれはジャパンのコーストガードの船なんだな」とわかりやすくなりました。
(`・ω・´)ドヤァ (゚Д゚;)
特に【そうや】は北海道の【釧路海上保安部】に所属して、オホーツク海を航行するロシア船に対応することが多いと思われます。
そうした外国船に対して、世界共通語である英語でCoast Guard!と書いてあることは、警備・救難・水路測量いずれの場面でも有意義だったのではないでしょうか。
さて、
そんな【そうや】も竣工から既に44年が経過しています。
途中、2010年(平成22年)に15年の延命工事が行われましたが、それも2025年(令和7年)で延命期間に到達。
しかし、それに合わせるように【そうや】の代替船の建造が公表されています。
竣工は2025年(令和7年)を予定。
砕氷船としての毎年の海氷調査、
PLH一番船としての建造、
そして国際化に対応したJCGロゴ塗装の第一陣を飾った【巡視船そうや】。
その現役の巡視船 最長の歴史は今、
次の【新そうや】に引き継がれようとしています…。
【参考動画】
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