世界には様々な国があり、様々なコーストガード機関が存在します。コーストガードとは何なのか?を地図をながめながら考えてみます。
世界のコーストガード機関
巡視船マップから独立して、世界コーストガード機関マップ(WCGマップ)を作製しました。
各国のコーストガード機関本部の所在地をアイコンで示しています。
すべてを制覇できたわけではありませんが、第2回世界海上保安機関長官級会合(コーストガード・グローバルサミット:CGGSⅡ)に参加した国は網羅できたので一応の完成です。
さて今回はこのマップを使って色々考えていきたいと思います。
WCGマップの元となった本
まず、このWCGマップ作製の出発点はこの書籍です。
『世界の海上保安機関の現状に関する調査研究報告書』
岩並秀一・大根潔 共著
書籍等 :: 世界の海上保安機関の現状に関する調査報告書 (xn--p8j1fc3cznsc6g4e.jp)
(公財)海上保安協会 発行
A4版 63頁 カラー画像付
公益財団法人海上保安協会では、海上保安活動の調査研究事業の一環として、岩並秀一氏(前海上保安庁長官)及び大根潔氏(元第三管区海上保安本部長)を研究員として迎え、「世界海上保安機関長官級会合」から得られた知見をもとに、両氏共著による「世界の海上保安機関の現状に関する調査研究報告書」を取りまとめました。
(うみまるショップHPより)
そもそも令和元年(2019年)11月20~21日に【第2回世界海上保安機関長官級会合】が東京で開催されました。
この会合には世界74か国から84の海上保安機関・関係機関が参加しました。
その参加機関を中心に、世界の【コーストガード機関】の現状を整理分類したのがこの一冊です。
海外のコーストガード機関については、これまで雑誌『世界の艦船』のコラム記事や、柿谷哲也「海上保安庁『装備』のすべて」で断片的に紹介されてきました。
ただし、それは日本と関係の深いアメリカやロシア、アジアの国々に限られたものだったのです。
しかしこの報告書ではヨーロッパ・南米・中東・アフリカの参加機関まで網羅的に紹介されています。
もちろん世界すべての機関ではありせんが、これだけの数を一度に俯瞰できる点で非常に画期的だと思います。
報告書の内容は海上保安資料館横浜館オンラインミュージアム のHPで読むことができます。
が!
わずか63ページ・1000円程度で購入できるので、興味ある方はぜひ購入してみてください。
なお、私は発売と同時に購入し、擦り切れるほど読み返しました。
( ̄▽ ̄)
また、CGGSⅡの開催内容については広報誌『かいほジャーナル81号』でも取り上げられています。
こちらも合わせて参照いただけるとよろしいかと思います。
コーストガード機関の定義と分類
この報告書では【コーストガード機関】を次のように定義しています。
コーストガード機関
調査研究報告書 | 海上保安資料館横浜館オンラインミュージアム (jcgmuseum.jp)
船艇、航空機等の実働勢力を用いて、
戦時以外の状況において、
海上の安全、治安及び環境保護の業務を
総合的に、あるいは
その一部分を実施している機関。
岩並秀一・大根潔
『世界の海上保安機関の現状に関する調査研究報告書』(公財)海上保安協会
著者は「コーストガード機関とは何か?」を一意的に定義づけるのは困難とし、その概念の不明確性を前提と断った上で、↑上記のようにまとめています。
たとえば日本の海上保安庁であれば、まさに
・自ら船艇・航空機を運用して
・平時において
・警備救難・環境保護その他の業務を
・総合的に実施している機関
…なのでこの定義に当てはまります。
さらに実際に”ジャパン・コースト・ガード”とも名乗っているので、わかりやすいわけです。
しかし、
世界にはこのようにわかりやすい機関ばかりではありません。
それについては追々見ていくことにしましょう。
コーストガード機関の分類
報告書の画期的な点の一つは、コーストガード機関(以下、CG機関)を組織形態によって分類したことです。
CG機関の名称の如何を問わず、その上部組織や他の機関との関係性に着目して6(+1)の種別に分けています。
①軍事機関 傘下型
軍事機関 本体または
その傘下の実働勢力を有する機関
②国境警備機関 傘下型
国境警備機関 本体または
その傘下の実働勢力を有する機関
③治安警察機関 傘下型
治安警察機関 本体または
その傘下の実働勢力を有する機関
④警察機関 傘下型
警察機関 本体または
その傘下の実働勢力を有する機関
⑤独立機関型
上部機関が実働勢力を有しない機関であって、
①~④の機関形態以外の機関
⑥調整機関型
他のCG機関間の調整を行うことを任務とする機関
⑦調整機関+α型(※)
調整機関かつ①~⑤の
いずれか一つの機関である機関
※この名称は当サイトで便宜的に命名したものです。
以上の分類を参考としながら、CGGSⅡに参加した機関以外も含めてWCGマップを作成しました。
アイコンもそれぞれの組織形態ごとに色分けしたので、大まかにどの地域にどんな性格のCG機関があるかが見えてくると思います。
独立機関型
・独立機関型
上部機関が実働勢力を有しない機関であって、軍事・治安警察・警察・調整型以外の機関
【代表例】
国家 | CG機関 | 上部機関 |
日本 | 海上保安庁 | 国土交通省 |
アメリカ | 米国 沿岸警備隊 | 国土安全 保障省 |
インド | インド 沿岸警備隊 | 国防省 |
【特徴】
上位組織が実働機関ではなく、自らが海上保安業務を実施する機関であるケース。
海上保安庁の上部機関である国土交通省は純然たる行政機関であり、海上保安庁は防衛省や警察庁から独立している。
アジア地域のCG機関に多く見られる組織形態。
【上部機関】
運輸行政・水産行政・司法行政など担当する省が所管しているケースが多い。
たとえばアメリカ沿岸警備隊は、2003年以前は運輸省に所属していた。
その影響を受けた日本や、日本の影響を受けたフィリピンやジブチでも運輸行政を担当する省が所管している。
その一方で、
インドやスリランカの沿岸警備隊は国防省に所属するが、海軍とは別組織の扱いである。
海軍との関連性は強いと考えられるが、直近上位の国防省自体が実働勢力を有しているわけではないので、分類上は軍事機関傘下型とはならない。
アメリカ沿岸警備隊は陸軍・海軍・空軍・海兵隊・宇宙軍と並ぶ軍隊とされているが、所属は国防総省ではなく国土安全保障省である。
軍事機関傘下型
・軍事機関傘下型
軍事機関 本体または
その傘下の実働勢力を有する機関
【代表例】
国家 | CG機関 | 上部機関 |
ブラジル | ブラジル海軍 | 国防省 |
トリニダード ・トバゴ | 国防軍沿岸警備隊 | 国家安全 保障省 |
ノルウェー | 海軍沿岸警備隊 | 国防省 |
【特徴】
海軍または海軍の下部組織が海上保安業務も担っているケース。
中米・南米のCG機関に多く見られる組織形態。
【上部機関】
海上における国防行政を担当する省が所管している。
多くの国では国防省の業務であるが、日本では防衛省-海上自衛隊がこれを担っている。
中米のトリニダード・トバゴやジャマイカ、バルバドス、セントクリストファーネイビスでは、海上防衛部隊を海軍(NAVY)ではなく、沿岸警備隊(CG)と名乗っている。
ノルウェーでは海軍(NAVY)の下部組織として、沿岸警備隊(CG)が存在する。
イタリア沿岸警備隊は国防省-海軍の下部機関ではあるが、平時はインフラ運輸省の職務を執行するので、独立機関型の性格も有している。
ポルトガル国家海事当局も国防省-海軍の下部機関であるが、海軍部隊を含めた他の行政機関との調整機関であるとも言える。
警察機関傘下型
・警察機関傘下型
警察機関 本体または
その傘下の実働勢力を有する機関
【代表例】
国家 | CG機関 | 上部機関 |
シンガポール | シンガポール警察 沿岸警備隊 | 内務省 |
サモア独立国 | サモア警察 | 警察・刑務所省 |
クウェート | クウェート警察 沿岸警備隊 | 内務省 |
【特徴】
一般警察組織の海事部門が海上保安業務を担っているケース。
日本の場合、都道府県警の水上警察は河川・港内を担当している。
太平洋諸島のCG機関に多く見られる組織形態。
従来からオーストラリア・ニュージーランドとの関係性が強い。
しかし近年では日本・中国・台湾との結びつきも強くなっている。
【上部機関】
陸上における警察行政を担当する省が所管している。
多くの国では内務省の業務であるが、日本では国家公安委員会-警察庁がこれを担っている。
太平洋諸国では国家規模が小さいことや、島嶼国であることから一般警察それ自体で海上保安業務を実施している。
国境警備機関傘下型
・国境警備機関傘下型
国境警備機関 本体または
その傘下の実働勢力を有する機関
【代表例】
国家 | CG機関 | 上部機関 |
ロシア | 国境警備局 | 連邦保安庁 |
ルーマニア | 国境警察 | 内務省 |
サウジアラビア | 国境警備隊 | 内務省 |
【特徴】
国境警備組織の海事部門が海上保安業務を担っているケース。
ソビエト連邦を中心とした旧社会主義国やその周辺国に多くみられる組織形態。
隣国との陸上国境を警備する組織に付属する形で、海事部門が存在していることが多い。
【上部機関】
入国管理行政を担当する省が所管している。
多くの国では内務省の業務であるが、日本では法務省-出入国在留管理庁がこれを担っている。
なお、ロシア連邦保安庁はロシア内務省とは別系統の組織である。
治安警察機関傘下型
・治安警察機関傘下型
治安警察機関 本体または
その傘下の実働勢力を有する機関
【代表例】
国家 | CG機関 | 上部機関 |
スペイン | 治安警察 海上業務隊 | 内務省 |
中国 | 中国海警局 | 中国人民 武装警察 |
【特徴】
一般の警察機関とは別に設立されている治安警察機関が海上保安業務を担っているケース。
この組織形態の国は少ないが、フランス海外領土では国家憲兵隊がCG機関として展開している。
【上部機関】
一般警察や自治体警察とは異なる治安行政を担当する省が所管している。
中国海警局は中国人民武装警察の下部機関である。
中国人民武装警察は国防部(Ministry of National Defense)に所属するが、陸軍や海軍と並列する組織である。
よって中国海警局は海軍との関連性は強いものの、分類上は治安警察機関傘下型となる。
調整機関・調整機関+@・その他
・調整機関型
他のCG機関間の調整を行うことを任務とする機関
【代表例】
国家 | CG機関 | 上部機関 |
ドイツ | 海上保安センター | 連邦デジタル 運輸省 |
フランス | 海洋事務総局 | 首相府 |
オランダ | 沿岸警備隊 | 国防省 |
【特徴】
調整機関による調整の下に、国内複数の他機関が海上保安業務を実施しているケース。
警察・税関・海運当局・漁業当局・海軍などに優位する調整機関もあれば、海軍や警察が実質的な主体となっている調整機関もある。
ヨーロッパの北海沿岸国に多く見られる組織形態。
【上部機関】
調整機関が他の機関に優越する存在であるケースと、他の機関と並列であって事務局として機能するケースの二つがある。
フランス海洋事務総局は首相府に直属しており、関係機関より優位する立場である。
しかし、実働勢力の実質はフランス国家憲兵隊の船艇である。
ドイツでは連邦デジタル運輸省が海上保安センターの事務局を務めているが、中心となる勢力は連邦警察だと思われる。
実際にCGGSⅡにはドイツ連邦警察が参加している。
オランダ沿岸警備隊は国防省が管理しており、長官は海軍軍人である。
しかし、この組織独自の船艇を保有しておらず、他機関との調整を主とするため当サイト管理人の判断により調整機関に分類した。
(オランダはCGGSⅠ及びⅡに参加していない)
独立型と軍事型
それでは改めてWCGマップをご覧ください。
大雑把に眺めたときに、白色の独立機関型と赤色の軍事機関傘下型が勢力を二分していると感じられることと思います。
ただ、海軍から独立したコーストガードを設立できるかどうかは、その国の財政規模によるところが大きいと考えられます。
特に中米諸国に軍事機関傘下型が集中しているのは、やはり国家財政にそこまでの余裕がなく、艦船を保有する海軍に海上保安業務も担わせるのが効率的とされた結果ではないでしょうか。
また自国の管轄海域が広くないために、独立機関の必要性に乏しいのかもしれません。
逆に言えば、
独立機関型の代表とも言えるアメリカ・日本には財政的な余裕があり、その管轄海域は広大です。
特にアメリカ沿岸警備隊には、ハワイをはるかに超えた位置にグアム支部があり、他国にも沿岸警備隊支部を置くほどです。
数の上では軍事機関傘下型が多いのですが、活動範囲は独立機関型の方が広いと言えるでしょう。
コーストガードの標準モデルは?
これまで見てきたように、
一応の分類はできるものの各国のCG機関の内情は様々です。
たとえばアメリカ沿岸警備隊(USCG)はよく他の軍種と並び称されますが、これを海軍・海兵隊と同一視するのは無理があります。
なぜならUSCGは法執行機関としての任務が主であり、国防総省の所属でないことからもやはり軍隊とは一線を画すものとして認識すべきでしょう。
その一方で、
パキスタン海上警備庁は独立機関型の扱いですが、長官を含めた幹部らは海軍からの出向が多いようです。
さらに上部機関が国防省であることを考えると、軍事機関傘下型に分類してもよいのではないかとも思えます。
そしてドイツやフランスのように調整機関型であっても、実働勢力の中心はドイツ連邦警察やフランス国家憲兵隊が担っているケースもあります。
そうするとその調整機関の性格も、やや警察機関傘下型・治安警察機関傘下型に近いのではないかと想像されるのです。
以上のように、分類にピッタリ当てはまる機関ばかりではなく、その性格にはグラデーションが存在することがわかります。
つまり現状において、
「CG機関の標準モデルはこうだ!」
と断定することはできない。
…ということになります。
海のオセロゲーム
以上のように、
世界のCG機関の標準モデルを見出すことは難しいですが、少なくとも地域による偏りがあることは指摘できます。
①アジア地域 :独立機関型
②中米南米地域:軍事機関傘下型
③太平洋地域:警察機関傘下型
④北欧東欧地域:国境警備機関傘下型
まず、
アジア地域において独立機関型が多いのは、日本の海上保安庁の影響が考えられます。
そもそも海上保安庁がUSCGの影響下で設立された組織であり、海上保安庁が主として東南アジア諸国のCG機関設立に貢献した結果だと言えます。
そして現在でも各国への海上保安能力の向上支援を続けているからこそ、アジア地域では日本と同様の独立機関型が多いのではないでしょうか。
諸外国への海上保安能力向上支援等|海上保安庁 (mlit.go.jp)
次に中米南米地域に軍事機関傘下型が多い点については、宗主国であったスペインやポルトガル、イギリスの影響を考えないわけにはいきません。
たとえばブラジルの宗主国であったポルトガルについては、現在もそれぞれの海軍が海上保安業務を担っています。
ただ、中米のグアテマラ・ホンジュラス・ニカラグア、南米のペルー・チリなど多くの国の宗主国であったスペインでは治安警察:海上業務隊がCG機関となっています。
海上業務隊は1991年2月22日の勅令により設立されましたが、それ以前はスペイン海軍が強い影響力を持っていたと考えられます。
そして、
警察機関傘下型が多い太平洋諸国には、小さな島を単位とする国家という地理上の共通点があります。
さらに太平洋諸島フォーラムという共通の枠組みの中で海上保安業務に対応することで、必然的に類似する組織形態となったと考えられます。
最後に、
北欧・東欧地域における旧社会主義国に国境警備機関傘下型が多い点については、他国との陸上国境を警備する国境警備隊が先行して機能していたことと、ソビエト連邦における組織形態がモデルになっているためと考えられます。
さいごに
しばしば、
「世界的に見てコーストガードは軍事機関(または準軍事機関)である」と主張される方がいらっしゃいます。
多くの場合、その後に「だから日本の海上保安庁は異質なのだ」と続けて批判されます。
個人的に思うのは、
そのような主張をされる方がどれだけ世界のCG機関に精通しているかは怪しいということです。
(もちろん私も一介の海保ファンに過ぎません)
ただ、
「コーストガードとは〇〇だ!」と断定するのは、「日本人はみんな△△だ!」と断定するような危うさを感じます。
一般的な感覚論ではそうかもしれないな…と思えることでも、実際にはいくつも反証が挙げられることはあります。
2023年4月に策定された『統制要領』をめぐって、海上保安庁と防衛省の在り方が論じられる中、健全な議論の発展のためには正しい知識と認識が必要だと私は感じています。
今回のWCGマップがこうした点でお役に立てれば幸いです。
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