船が他の乗り物と違う点。
それは名前を与えられることです。
巡視船【れいめい】を題材に船名について考えてみました。
はじめに
いつものように唐突ですが、
みなさんは【PLH33れいめい】を生で見たことありますか?
私はありません!
( ;∀;)
【れいめい】は【鹿児島海上保安部】に配属されているので、見に行く機会がないんですよね…。
でも【れいめい】は新世代のフラッグシップですから、観閲式があれば受閲船隊の一番船を務める可能性があります。
逆に言えば、
【しきしま】シリーズの船なので、一般にお披露目される機会が観閲式くらいしかないという…。
そんな憧れの巡視船【れいめい】ですが、進水・命名の際にはちょっとした事件がありました。
今回はそんな思い出話から、巡視船の名前とその命名に関するあれこれをつづっていきます。
船名はいつ与えられるか?
ヘリコプター搭載型巡視船
ヘリコプター搭載型巡視船「れいめい」進水 | 長崎新聞 (nordot.app)
「れいめい」進水
2019/03/09
三菱重工業長崎造船所で建造されている海上保安庁のヘリコプター搭載型巡視船の進水式が8日、長崎市飽の浦町の同造船所本工場であり、「れいめい」と名付けられた。艤装工事を経て2019年度中に引き渡す。同造船所での巡視船建造は約20年ぶり。
昨年2月に起工した。全長約150m、幅約17m。総トン数6500トンで、海上保安庁の巡視船としては最大級。ヘリコプター1機が搭載できる。建造費は約262億円。沖縄県・尖閣諸島周辺を含む海域の警備や救難業務などに当たる。配属先は未定。
式には約70人が出席。第7管区海上保安本部の村上幸春・船舶技術部長は取材に「大規模な海難救助発生にも対応できる」と話した。
海上保安庁の新造船舶は、
その進水のときに番号と船名が与えられます。
これは、
『海上保安庁の船舶の番号及び名称の附与標準』という訓令に定められています。
(以下、『附与標準』とします。)
海上保安庁の船舶の番号及び名称の附与標準
昭和24年(1949年)10月24日
第2条
新造船舶については、進水のときに番号及び船名を附与するものとする。
海上保安庁達第54号
平成07年(1995年)03月06日
訓令第二号改正
これに従って、
進水式典の中で【れいめい】の名が与えられました。
れいめい発表の驚き
私が驚いたのはその船名の由来です。
公式発表では次のとおり、
「時間帯を表す名称で、
夜明けや新しい時代の始まりを意味する
『黎明』に由来」
…とされています。
(第10管区海上保安本部総務課 発表)
従来、
総トン数6000~6500トンの巡視船名は、
日本の美称・古称からとられていました。
番号 | 船名 | 由来 |
PLH21 | みずほ | 瑞穂 |
→ | ふそう | 扶桑 |
PLH22 | やしま | 八洲 (八島) |
PLH31 | しきしま | 敷島 |
PLH32 | あきつしま | 秋津洲 (秋津島) |
PLH33 | れいめい | 黎明 |
PLH34 | あかつき | 暁 |
PLH35 | あさづき | 朝月夜 |
当時、
私はこの法則に従って、来たるPLH33の名前をあれこれ予想していました。
大和はあり得ないとして、
扶桑・畝傍はひらがな3文字だから、
【みずほ型】に使われそうだな~。
とすると、
蓬莱・自凝島・豊芦原、日本…とか?
(。-`ω-)ウーム
とまぁ、
好き勝手に想像してたんですが。
まさかの黎明!
Σ(゚Д゚)
日本の名前ではないところから由来を持ってくるとは!
由来の基準そのものが変わると思ってなかったので、かなり意外だったのをよく覚えています。
これについては、
『世界の艦船』編集部も同様だったようです。
【れいめい】【しゅんこう】の2隻を挙げて、次のように語っています。
コラム33
海人社『世界の艦船 2019.6月号増刊 海上保安庁のすべて』№902 p189
巡視船艇の命名基準
(略)「PLHは日本の古名」という従来の命名基準には当てはまらない。
使える名前が尽きてしまった、
というのなら分かるが、
”やまと”を持ち出すまでもなく、
”ふそう” ”ひのもと” ”あしはら”など、
まだほかにもあるのだが。
ただ、
命名翌月の平成31年4月1日に新元号【令和】が発表されました。
【れいわ】と【れいめい】
梅花の宴と海上保安庁徽章の梅
![](https://letsgojcg.com/wp-content/uploads/2022/08/058-01.jpg)
これらが相まって、
まさに新時代の象徴と言える良い船名になったと今では思います。
なお、
新元号名は政府の最高機密だったので、
「れい」がかぶったのは偶然だと思います。
きっと海上保安庁の幹部の方々も元号発表の際は驚いたんじゃないでしょうか。
命名の基準は何なのか?
では、
改めて巡視船艇の名前は何によって決まっているのでしょうか?
これについて、
巡視船は山や河川・地名・気象などからつけられる、ということはある程度知られています。
私が疑問なのは、
どのような文書によってそれが定められているのか?という点です。
実はこれが私にとって長年の謎でした。
まず、
先ほど挙げた『附与標準』には命名のルールについて書かれていません。
その一方で、
船舶の番号に関する区分については定められています。
たとえば、
巡視船の種別に属し、
消防船以外のものであって、
総トン数700トン型以上、
回転翼航空機を搭載するもの、
…の区分の記号は【PLH】。
このことは『附与標準』の別表に掲載されているのです。
逆に、
PS型は山、
PM型は河川・島、
…といった分類を定めた文書があるのか、
無いのか。
あるとしたら文書名は何と言うのか?がわからなかったのです。
付与分類なのか付与標準なのか?
船名を決める根拠について、
海上保安庁HPや資料を読んでも、ズバリの出典が記載されていません。
とりあえず、
私なりに調べた範囲では以下のとおりです。
「巡視船艇の番号・船名付与分類」
これは、
邊見正和『海上保安庁 巡視船の活動』平成8年2月18日改訂初版のp20に記載があったものです。
邊見氏は警備救難監、
今でいう海上保安監を務めた方なので信頼できる資料だと考えます。
ただ、
この「付与分類」が文書の名前なのか、
そのような分類の仕方のことなのか、
いまいち断定しにくいのです。
第2章 巡視船艇
邊見正和『海上保安庁 巡視船の活動』交通ブックス201 1996年 (株)成山堂書店
船名はどうして決まるか?
そこで、
各巡視船艇には、人に名前をつけるように船名をつけて識別しやすくしているのです。
(略)
河の名称、山の名称、海峡の名称等々で船型を決め、識別しやすい船名をつけるための基準が定められております。
これを「巡視船艇の番号・船名付与分類」といい、船名についてはおよそ次のようになっています。
この文章だけを読むと、
『付与分類』という文書が存在するのかなと思えるのですが…。
他方で、
「巡視船艇の船型別船名付与標準」と記載しているものあります。
それは【第6管区海上保安本部】の定例記者会見における発表資料です。
六管豆知識
Microsoft PowerPoint – 六管豆知識.ppt [互換モード] (mlit.go.jp)
『海上保安庁船艇の分類』について
平成27年(2015年)8月発表分
巡視船艇の船型別船名付与標準
巡視船艇の船名は、次表の船名標準を参考に決められています。
巡視船艇の船名を見る機会がありましたら、船名の由来に思いを馳せるのも楽しいですね。
次表
・巡視船の船型別船名標準
・巡視艇の船型別船名標準
第六管区海上保安本部 – プレスリリース (mlit.go.jp)
1996年の邊見氏「付与分類」と、
2015年の6管区「付与標準」が同じ物を指しているのか違うのか。
もしかしたら、
「付与分類」が名称変更して現在は「付与標準」になったのか。
はたして真相はどうなんでしょうか…?
実に細かい点だなぁ、
とは我ながら思うのですが、
気になっちゃうんですよねー。
(;・∀・)
最新の分類表は?
とりあえず、
船型に応じた命名に一定のルールが存在します。
では、
最新ルールではどのようになっているのでしょうか?
私の把握する限り、
2022年9月22日の海上保安庁公式ツイッターで発表されたものが最新です。
![](https://letsgojcg.com/wp-content/uploads/2022/09/巡視船の船名標準-2-1024x622.png)
![](https://letsgojcg.com/wp-content/uploads/2022/09/巡視艇の船名標準-1-1024x554.png)
注目したいのは、
ヘリ2機搭載型の項目における船名標準の欄。
従来の【日本の総称等】に加えて、
【季節】【時間帯】が記載されています。
【季節】は、
しゅんこう・あさなぎ。
【時間帯】は、
れいめい・あかつき・あさづきですね。
今後しばらくはこのルールに基づいて、新造船舶の命名が行われるのでしょう。
誰が船名を決めるのか?
それでは【れいめい】の船名を決めたのは誰なんでしょうか?
まず命名者は海上保安庁長官です。
進水式では、
長官が『命名書』を自ら読み上げていました。
TOPICS 海上保安の一年
04 大型巡視船等、進水ラッシュ!
海上保安体制強化の着実な推進海上保安レポート 2019年版 / TOPICS 海上保安の一年 > 04 大型巡視船等、進水ラッシュ! 海上保安体制強化の着実な推進 (mlit.go.jp)
しかし、
実際に船名決定に至る過程では誰が関わっていたのでしょうか?
まず、
測量船やヘリコプターのように一般公募される例もありますが、巡視船艇の場合は海上保安庁職員によって決められているようです。
次に、
大型の巡視船と小型の巡視艇では、決定過程とそれに関わる役職も異なると想像します。
とりあえず、
【れいめい】のような海上保安庁を代表する船については、本庁の総務部長・装備技術部長・警備救難部長といった幹部の方々が関わったのではないでしょうか。
もしかしたら、
大臣や副大臣だったのかもしれませんが…。
というのも、
これくらい高位の方々でないと、従来の命名ルールを変えることはできないように思うからです。
(以上はすべて私の想像です)
なお、
乗組予定の職員や所属保安部の職員などで決めている、という元海上保安官のユーチューバーの方の証言もあります。
灯光、ふたたび…
ヘリ2機搭載型の大型巡視船【れいめい】。
(実際には1機のみの配備ですが)
その船種としては異例だったわけですが、実は「れいめい」の名前自体は過去にも使用されたことがあります。
その他、新世代のPLH型の多くは過去の船艇名が用いられています。
番号 | 船名 | 船種 | 解役年 |
LM108 | れいめい | 灯台 見回り船 | 1982 |
H48 CS14 CS111 | あかつき | 港内艇 巡視艇 | 1954 |
H129 CL36 CL125 | 暁 | 港内艇 巡視艇 | 1964 |
LM107 | あかつき | 灯台 見回り船 | 1979 |
LS206 | しゆんこう | 灯台 見回り船 | 1979 |
H77 | 朝凪 | 港内艇 | 1950 |
H110 CL32 CL126 CL311 | 朝凪 | 港内艇 巡視艇 | 1980 |
海人社
『世界の艦船 海上保安庁全船艇史』
2003.№613より
こうしてみると、
今は数が少なくなった【灯台見回り船】
(Light-house service vessel)からの使用が目立ちます。
また、
現在では存在しない【Harbour boat型】【Craft Small型】からも使われています。
特に【れいめい型】は夜明けを意識していますから、夜明けの光…ということで結果的に【灯台見回り船】に先例がある名前になるのですね。
平成から令和へ。
そんな新時代に出航した最新鋭の大型巡視船たち。
しかし、
与えられたのはかつて昭和の時代に活躍した、比較的小型の船の名前でした。
こうした名前には、
これまでの伝統の継承と、
これからの使命への負託の、
2つの意味があるように私には感じられます。
冒頭にも書きましたが、
船が車や電車、飛行機と違うのは、
名前を与えられるのが通例だということ。
古来より、
人が船名に様々な願いをこめたのと同様に、巡視船にも人々の希望が託されています。
【れいめい】もまた、
託された希望に応える活躍を
果たされんことを祈ります。
![](https://letsgojcg.com/wp-content/uploads/2022/09/JCG_Reimei_PLH-33.jpg)
【補足と注意】
今回、参考文献の一つとして挙げた邊見氏の著書については3つの版が存在します。①『海上保安庁 巡視船の活動』
②『海を守る 海上保安庁 巡視船』
③『海を守る 海上保安庁 巡視船(改訂版)』
「付与分類」の記述は①にあるものです。
②に同じ記述があるか確認していません。
③にはありませんでした。
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