これでアナタも海事代理士試験 合格まちがいなし!?
はじめに
私が海事代理士試験を通じて学んだ海事法令を元に、海上保安庁を読み解くシリーズ。
第2回となる今回は【船舶編】。
私たちの大好きな巡視船を法律の視点で眺めてみましょう。
きっと今まで気づかなかった、船の面白さと奥深さを見つけることができますよ!
なお、今回は大まかに↓こういう流れでお話ししていきます。
非常に長い文章となるので、休憩をはさみつつお付き合いください。
(^O^)/それではスタート!
海事代理士試験の内容
まずは試験の内容と前回をサラッとふりかえり。
海事代理士試験で出題された法令科目は20法令。
①憲法
②民法
③商法(第3編 海商のみ)
④国土交通省設置法
⑤船員法
⑥船員職業安定法
⑦船舶職員及び小型船舶操縦者法
⑧海上運送法
⑨港湾運送事業法
⑩内航海運業法
⑪港則法
⑫海上交通安全法
⑬海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律
⑭領海等における外国船舶の航行に関する法律
⑮船舶法
⑯船舶安全法
⑰船舶のトン数の測度に関する法律
⑱造船法
⑲国際航海船舶及び国際港湾施設の保安の確保等に関する法律(国際港湾施設に係る部分を除く)
⑳船舶の再資源化解体の適正な実施に関する法律
これらの内、青色の法令が前回取り上げたもの。
今回は赤色の法令をご紹介していきます。
国土交通省(海事局) |
船員法 船員職業安定法 船舶職員及び小型船舶操縦者法 海上運送法 港湾運送事業法 内航海運業法 船舶法 船舶安全法 船舶のトン数の測度に関する法律 造船法 船舶の再資源化解体の適正な実施に関する法律 |
海上保安庁 |
港則法 海上交通安全法 海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律 領海等における外国船舶の航行に関する法律 国際航海船舶及び国際港湾施設の 保安の確保等に関する法律 |
船舶法令へのガイダンス
車と船の制度~共通点~
まず最初に全体のお話をしておきます。
今回取り上げる『船舶法』『船舶安全法』とはどういった法律か?
私たちに身近な法律で例えると自動車の『道路運送車両法』に相当するものです。
前回少し触れた『道路交通法』が車の交通ルールや免許制度、すなわち”車を使う人”に関する法令でした。
それに対して道路運送車両法は車そのものに関する法令です。
同様に船舶法・船舶安全法も船そのものに関する法令。
これらの法令に共通しているのは、規格の大小によって対象を大きく2つに分類していること。
車の場合、
その長さ・幅・高さや排気量などによって普通自動車と軽自動車に分かれています。
船の場合は、
【総トン数】の大小によって大型船舶と小型船舶に区別されています。
(総トン数については後で説明します)
ごく大雑把に言えば、大きい車両・船舶の方が周囲に与える影響も大きいために、より厳格な手続きを必要とする制度になっています。
たとえば、財産価値として高額である普通自動車・大型船舶は、その所有権がしっかり確定していないと安心して商取引を行うことができません。
また、車体・船体が大きいということは、その分だけ環境負荷(道路・大気・海洋への負荷)も大きくなるということです。
こうしたことから、軽自動車・小型船舶に比べて普通自動車・大型船舶の方により多くの義務や制約が課せられています。
以上の点が車両と船舶に共通する考え方です。
車と船の制度~相違点~
さて、今回取り上げる船舶法・船舶安全法は大型船舶を対象とする法令です。
よって、これ以降に”船舶”と言うときは大型船舶のことを指しているのだとご理解ください。
また”車両”についても普通自動車のことを指すものとします。
それでは今度は車両と船舶制度の違いを見ていきましょう。
まず、
道路運送車両法では所有権に関する登録制度、保安基準に関する検査制度を定めています。
そしてこの両方に基づいて【自動車検査証】いわゆる車検証が発行されます。
これと同じように。
船舶についても、所有権に関する登記・登録制度があり、船舶の安全性に関する検査制度が設けられています。
ただし、
制度の枠組みが少し異なっているのです。
例えば車両の場合『道路運送車両法』一本で登録・検査制度を定めています。
これに対して船舶は『船舶法』で登記・登録制度を、『船舶安全法』で検査制度を定めているのです。
このように制度が一本の法律でまとまっていない点は、やはりそれだけ船舶制度の複雑さを示しているように感じます。
以上、
ここまではご理解いただけたでしょうか?
とりあえず「車と船は似ているけれど、細かい部分は違うんだな」と感じていただければOKです。
船舶法総論~日本船舶とはどんな船?~
船舶法の適用範囲
最初は『船舶法』から。
これは総トン数20トン以上の日本船舶に関する法律です。が!
そもそも、
総トン数って何?と思われることでしょう。
(前回あえて説明してませんでしたが…)
まず総トン数とは船の大きさを表す単位のこと。
船の重さを表す単位ではありません。
じゃあ総トン数20トン以上の船ってどんな船?という話ですが…。
例えば神奈川県の横須賀軍港めぐりツアーでおなじみの【シーフレンド7】。
全長26.2m、全幅7mのこちらの船が総トン数99トンと(公式では)紹介されています。
→公式サイト
シーフレンド7
トライアングル (海運) – Wikipedia
ちなみに、
広島県の呉湾艦船めぐりの【くれない5】は総トン数19トン。
長崎県のSASEBO軍港クルーズで使用される観光船も総トン数17~19トン。
こうした総トン数20トン未満の船は船舶法とは別の法律『小型船舶の登録等に関する法律』の適用対象となっています。
※なお、総トン数の詳細ついては過去の記事を参照ください。
船舶国籍証書①国籍と国旗掲揚
さて、それでは話を先に進めましょう。
『船舶法』に基づいて登記・登録が完了すると、【船舶国籍証書】が交付されます。
より実物に近いものが見たい方は一般社団法人 日本海事代理士会のHPをご覧ください。他にも証書の見本が掲載してあって参考になりますよ☆
この証書では、
当該船舶が日本国の国籍を有することを証明しています。
つまり、
どこの国の船か?ということをハッキリさせているわけですね。
と言うのも『船舶法』では船の国籍要件を定めており、日本国籍のものを【日本船舶】として区別しているからです。
例えば日本船舶であれば日本各地の港を自由に行き来し、物や人を運ぶことができます。
逆に言えば、外国船舶は決められた港にしか寄港できないという制限を受けるのです。
さらに日本船舶には日本の国旗(日章旗)を掲げることができる権利があります。
それは証書の英文を見るとよくわかります。
船舶法施行細則
(明治32年逓信省令第24号)第三号書式(第30条関係)
This is to certify by the authority of the Japanese government that the items mentioned in this certificate is correct in all respect and that the above‐mentioned vessel granted the right to fly the Japanese flag.(直訳)この証明書に記載されている事項がすべての点で正確であり、上記の船舶が日本国旗を掲揚する権利を付与されていることを日本政府の権限により証明します。
船舶法施行細則 | e-Gov 法令検索
このように日本船舶には国旗掲揚権があり、国旗を掲げることで「本船は日本の船舶である。」ということを対外的に示すことができるのです。
船舶国籍証書②名称(船名)
ここからは船舶国籍証書の項目をピックアップして、車両と比較しながらその特徴を見ていきます。
まずは船名について。
【船名】とは船舶所有者がその船一隻に与える固有名称であり、まさに私たち人間と同じ”名前”のことです。
一方、自動車にも【車名】という概念があり、自動車検査証(車検証)にもそれが記載されています。
※例示した車検証の画像は見本であるため、架空の【車名】が記載されています。
ただし、
【車名】とは「自動車を製作した者が当該自動車について付す名称であり、逆に言えば、車名によってその製作者が明らかになるもの」と説明されています。
(引用文献:国土交通省自動車局監修『【改訂版】道路運送車両法の解説』(株)交通総合センター2023.3 p91)
具体的に言えば、自動車の製作者等(メーカーなど)が国土交通省に届け出た識別名称のことであり、通常はメーカー企業名を【車名】として流用しています。
(例:トヨタ・ホンダ・ニッサン・マツダ・スバルなど)
→国土交通省HP 自動車登録関係コード検索システム
また、トヨタ自動車(株)のプリウス、本田技研工業(株)のフィットといった名称も、メーカーが自動車の型式指定などを受ける際に届け出た【通称名】です。
→国土交通省HP 『自動車型式認証実施要領について(依命通達)』pdf
つまり、【車名】は自動車メーカーが複数の車両に与えた普遍的な名称だということ。
一方、【船名】は船舶所有者が与えた固有の名称であり、造船会社が名付けたものではないということです。
ここに大きな違いがあるのです。
船舶国籍証書③船籍港
【船籍港】とは、
「船舶の登録を行い,船舶国籍証書が交付される地」であり、「日本船舶の主たる根拠地」のこととされています。
(引用文献:神戸大学海事科学研究科 海事法規研究会編著『海事法規の解説』(株)成山堂2022.3 p8)
そして、この具体的な場所については次のように定められています。
船舶法施行細則
船舶法施行細則 | e-Gov 法令検索
(明治32年逓信省令第24号)
第三条
第1項 船籍港は市町村の名称による。ただし都の市町村の存せざる区域に在りては都の名称とす。
第2項 船籍港となすべき市町村は船舶の航行し得べき水面に接したるものに限る。
第3項 船籍港は当該船舶所有者の住所にこれを定むべし。ただし住所が日本になき場合又は前項の規定に該当せざる場合その他やむことを得ざる事由ある場合はこの限りに在らず。
【注意!】船舶法・船舶法施行細則・船舶安全法の原文は漢字・カタカナ表記の古めかしい文体となっています。当サイトでは読みやすさを重視して、現代仮名遣いに改め、句読点を挿入しています。以下、引用条文において同じです。
原則として、船籍港は船舶所有者の住所(日本国内)に定めることとなっています。
これに似たものとして、
自動車には【使用の本拠の位置】という概念があります。
まず【使用の本拠】とは、
「自動車を運行の用に供する(使用する)場合において、その使用、整備等 自動車の使用を管理する場所」のこと。
そして【使用の本拠の位置】とは、
「使用の本拠の所在地を住居表示にならい表示したもの」とされています。
(引用文献:国土交通省自動車局監修『【改訂版】道路運送車両法の解説』(株)交通総合センター2023.3 p91-92)
そして【使用の本拠の位置】を管轄する運輸支局等に基づき、車のナンバープレートに表示される文字(地域名)が決定されるのです。
例えば、東京都千代田区に【使用の本拠の位置】を置く車両は、東京運輸支局の管轄を示す「品川」が表記されています。
すなわち、
車両は使用の場所を、
船舶は所有の場所を重視しているということ。
以上のような対比を考えるとき、【船籍港】は”所有の本拠の位置”という表現もできるように思うところです。
(管理人の独自見解です)
船舶国籍証書④番号(船舶番号)
【番号】(船舶番号)は、管海官庁(運輸支局・海事事務所など)が船舶ごとに割り振った一連の番号のこと。
そもそも船舶を初めて登記・登録する前に、船籍港を管轄する管海官庁に【総トン数の測度】=総トン数の計測を申請しておかなければなりません。
さらに、その計測の結果を示したものが『総トン数計算書』であり、これに【番号】が記載されます。
そして【番号】は登記・登録手続きが完了した後に発行される『船舶国籍証書』や『船舶検査証書』にも記載され、基本的に変わらないものです。
そのため船舶の番号は船の同一性を確認する重要な手がかりとなっています。
なお、『船舶法取扱手続』pdf第20条では「船舶の番号は汽船帆船の別を問わず、船舶ごとにその登録の順序に従い、これを附すべし」となっています。つまり原則としては新規登録の順序に応じて決定されるのですが、番号の内定を受けることも可能なようです。ただし、詳細を承知していません。ご存知の方はご教授願います。
参考文献:日本財団図書館HP所収「社団法人 日本海事代理士会『船舶法及び関係法令の解説』」
一方、【自動車登録番号】とはナンバープレートに表示されている番号のこと。
これも管轄の運輸支局等(運輸支局・自動車検査登録事務所など)が車両ごとに割り振った一連の番号です。
ただし、こちらは管轄変更などが生じた際に変わり得るものです。
船舶法総論まとめ
ここまで車両と船舶の違いをご紹介してきました。
例えば車名と船名のように、
なんとなく同じように思えても、内容はかなり違うことに気づかれたかと思います。
そして私たちが注意しなくてはいけないのは、普段身近な車の知識がそのまま船の世界に当てはまるわけではないことです。
と言うのは、前回の『船員法』でも見たように陸上とは異なる特殊性があるからです。
そうしたものが法律の細かい部分に表れているのだ、とご理解いただければ幸いです。
船舶法各論~巡視船とはどんな船?~
ここまで船舶国籍証書の内、
国籍(国旗)・船名、船籍港、船舶番号をご説明してきました。
それでは、これらが実際の船舶にどのように反映されているかを見ていきましょう。
というのも船舶法では次のように定められているからです。
船舶法(明治32年法律第46号)
船舶法 | e-Gov 法令検索
第7条
日本船舶は法令の定むるところに従い、日本の国旗を掲げ、且つその名称、船籍港、番号、総トン数、喫水の尺度その他の事項を標示することを要す。
では、その日本船舶の具体例は?
はい、
もちろん海上保安庁の巡視船です!
\(^o^)/
なぜなら船舶法の第1条第1号にはこう書かれているので。
船舶法(明治32年法律第46号)
船舶法 | e-Gov 法令検索
第1条 左の船舶をもって日本船舶とす。
1 日本の官庁または公署の所有に属する船舶
2 日本国民の所有に属する船舶
3 日本の法令により設立したる会社にしてその代表者の全員及び業務を執行する役員の3分の2以上が日本国民なるものの所有に属する船舶
4 前号に掲げたる法人以外の法人にして日本の法令により設立し、その代表者の全員が日本国民なるものの所有に属する船舶
言うまでもなく、
海上保安庁は日本国の官庁であり、これに属する巡視船も【日本船舶】の一つ。
ということで、ここからは巡視船を船舶法の視点から眺めてみましょう。
船舶法の対象となる巡視船艇
さて、冒頭で船舶法は総トン数20トン以上のものを対象としている、とお話ししました。
海上保安庁の船でこれに当てはまるのは、CL型巡視艇以上の大きさのものです。
【CL206ゆめかぜ】
東京海上保安部 小型巡視艇
全長20m 総トン数23トン
海上保安庁船艇のうち最多を誇り、最もポピュラーな巡視艇の総トン数が23トン。
この小型巡視艇以上の大きさの船が船舶法の適用対象となるのです。
ただし、
最近は全長18mの総トン数19トンのCL型も登場してきており、ちょっと注意が必要。
【CL13しゃちかぜ】
名古屋海上保安部 小型巡視艇
全長18m 総トン数19トン
とりあえず、
これからお話しする『船舶法』の内容については、おおよそ標準的な小型巡視艇以上を想像しておいてください。
巡視船の国旗掲揚
まず第一に日本船舶は国旗(日章旗)を掲げることとなっています。
ただし、
いつも国旗を掲げていなければならないわけではありません。
船舶法施行細則
船舶法施行細則 | e-Gov 法令検索
(明治32年逓信省令第24号)
第43条
船舶は左の場合において国旗を後部に掲ぐべし。
1 日本国の灯台または海岸望楼より要求せられたるとき
2 外国の港を出入するとき
3 外国貿易船 日本国の港を出入するとき
4 法令に別段の定めあるとき
5 管海官庁より指示ありたるとき
6 海上保安庁の船舶または航空機より要求せられたるとき
この点、海上保安庁の船舶は『海上保安庁法』第4条第2項において、「国旗及び海上保安庁の旗を掲げなければならない」とされています。
しかし、
一般の船舶のように“いつどこで掲げること”という規定がないため、海上保安庁の船舶はその運航の際に国旗を常時掲揚しておく必要があります。
それではその他の要素も見ていきましょう。
巡視船の標示①船名
【参考動画】
「命名。本船を”あさなぎ”と命名する。」
上の参考動画は【PLH43あさなぎ】進水式の一幕で、海上保安庁長官による命名が行われています。
ご覧のように船首部分に船名が書かれていますが、実はこれも船舶法施行細則に定められているのです。
船舶法施行細則
船舶法施行細則 | e-Gov 法令検索
(明治32年逓信省令第24号)
第44条
船舶に標示すべき事項及びその標示方法は左の如し。
1 船首両舷の外部に船名、船尾外部の見やすき場所に船名及び船籍港名を10cm以上の漢字、平仮名、片仮名、アラビア数字、ローマ字または国土交通大臣の指定する記号をもって記すること。
船名は船首両舷(船の先端左右)と、船尾に標示させることとなっています。
したがって、巡視船もこの3か所に船名が記されているというわけですね。
なお、国際航海を行う船舶については国際海事機関(国連の専門機関IMOのこと)が付与した船舶識別番号も船尾などに標示しなければなりません。
船舶安全法施行規則
(昭和38年運輸省令第41号)第65条の4【国際海事機関船舶識別番号】
船舶安全法施行規則 | e-Gov 法令検索
第1項
国際航海に従事する総トン数100トン以上の旅客船及び国際航海に従事する総トン数300トン以上の船舶(略)には、次に掲げる場所にそれぞれ一箇所以上国際海事機関船舶識別番号を標示しなければならない。(後略)
1 船尾外部、船体中央部の両舷、船楼の両側面若しくは船楼の正面のいずれかであつて船外から見やすい場所又は船体の水平面上であつて船舶の上空から見やすい場所
2 (省略)
この船舶安全法に規定に基づいて、海上保安庁では国際航海を行う巡視船(総トン数300トン以上)の船尾にこれを標示させています。
逆に言えば、IMO番号がある巡視船は外国の港に行くことがあるんだな…と推測することができるわけですね。
巡視船の標示②船籍港
船籍港についても「船尾外部の見やすき場所に船籍港名を記すること」となっています。
そして、
巡視船の船籍港名はすべて”東京”です。
何故なら海上保安庁の船舶所有者は「国土交通省」であり、その住所は「東京都千代田区霞が関2-1-3」 なので。
船舶法施行細則
船舶法施行細則 | e-Gov 法令検索
(明治32年逓信省令第24号)
第三条
第1項 船籍港は市町村の名称による。ただし都の市町村の存せざる区域に在りては都の名称とす。
第2項 船籍港となすべき市町村は船舶の航行し得べき水面に接したるものに限る。
第3項 船籍港は当該船舶所有者の住所にこれを定むべし。ただし住所が日本になき場合又は前項の規定に該当せざる場合その他やむことを得ざる事由ある場合はこの限りに在らず。
船籍港は基本的には“横浜市”あるいは“横浜”などのように標示されるのですが、東京23区の場合は”東京”となります。
繰り返し言うと、
巡視船の船舶所有者は国土交通省です。
てっきり海上保安庁や管区海上保安本部の名義になっていそうな気もしますが、これには理由があります。
というのは、
そもそも国の財政法規上の主体について、国土交通省・農林水産省・防衛省といった各省を単位としているためです。
例えば、
『財政法』(昭和22年法律第34号)第20条・第21条
『国有財産法』(昭和23年法律第73号)第4条
『物品管理法』(昭和31年法律第113号)第2条
…ではいずれも【各省各庁の長】を事務の責任者と定めています。
そして【各省各庁】とは衆議院、参議院、裁判所、会計検査院並びに内閣、内閣府、デジタル庁及び各省のこと。(財政法21条)
すなわち、ここには海上保安庁や水産庁といった【外局】、海上幕僚監部のような【特別の機関】は含まれていないのです。
もちろん実務上の管理は海上保安庁長官などに分掌されており、さらに細かい実務は本庁次長・総務部長・装備技術部長といった下位の役職にまかされています。
話を元に戻しますと。
しばしば北海道や沖縄に配備されている巡視船を見かけて、過去に【東京海上保安部】に所属していたのかな?と誤解されることがあります。
しかし巡視船は全国どこでも全て”東京”と標示され、それは国土交通省が東京都千代田区にあるから、というのが答え。
車のように、使う場所が変わると標示される地名も変わる、というわけではないのです。
【余談】
水産庁所属の船舶で船籍港が〇〇市となっているものもあります。これは漁業取締用船といって、水産庁が傭船=チャーターしている船であるため、その本来の船舶所有者の船籍港が標示されているのです。
巡視船の標示③船舶番号
ここまで巡視船の国旗・船名・船籍港を見てきました。
最後は船舶番号についてです。
これは巡視船に表示されているPLH32やPL23のこと…ではありません!
実はこれらは海上保安庁が独自に定めた記号番号であって、船舶国籍証書の【船舶番号】とは異なるものです。
要はバス会社やタクシー会社が所有する車の1号車・2号車・3号車…のようなもの。
総論でも述べたように【船舶番号】は管海官庁(運輸支局や海事事務所など)が割り振る一連の番号です。
海上保安庁も国土交通省の一部署なのでややこしいのですが、海上保安庁は船舶法・船舶安全法上の【管海官庁】には含まれないことに注意が必要です。
それはさておき。
船舶番号は船体のどこに標示されているのでしょうか?
船舶法施行細則
船舶法施行細則 | e-Gov 法令検索
(明治32年逓信省令第24号)
第44条
船舶に標示すべき事項及びその標示方法は左の如し。
1 (省略)
2 中央部船梁その他適当の所に船舶の番号及び総トン数を彫刻し、またはこれを彫刻したる板を釘著すること。
3 (省略)
まず、船梁(ふなばり-せんりょう)とは船体の外壁を支えるために左右に渡される支柱のこと。
そして船体中央付近の柱、
あるいはその他の適当な所に【船舶の番号】と【総トン数】を標示しなければなりません。
その方法は船体に直接彫刻するか、彫刻された板を船体に釘著(読み方不詳)するどちらか。
実際的には、銘板と呼ばれるプレートが機関砲台や放水銃の後ろ、船橋窓ガラスの下あたりに取り付けられています。
三菱重工業(株)下関造船所
三菱重工業(株)下関造船所
日本鋼管(株)鶴見造船所
三井造船(株)玉野事業所
こうしてみると造船会社によって銘板にも個性があって面白いですね。
船舶法各論まとめ
さて。
最初に船舶法総論では車と船の違いをお伝えしました。
その次の各論では巡視船が船舶法に基づいていることを、船体の様々なパーツからご説明してきました。
これで巡視船も民間船舶も、同じ法律の下で管理されていることが理解いただけたかと思います。
今度、巡視船を見る機会があれば、ぜひこんな所に注目してみてください。
以上、
船舶法の視点から眺める巡視船でした。
船舶法を元にした巡視船そのもののデザインについては、こちらの記事でご紹介しています。
船舶安全法~2つの要件と検査制度~
長かった船舶法の話が終わり、ようやく後半戦です。
まず『船舶安全法』は航行の安全を確保するために必要な技術基準に関する基本法です。
船舶安全法(昭和8年法律第11号)
第1条
船舶安全法 | e-Gov 法令検索
日本船舶は本法によりその堪航性を保持し、かつ人命の安全を保持するに必要なる施設を為すにあらざれば、これを航行の用に供することを得ず。
【堪航性】とは、
「船舶の構造が、航海上通常生ずることの予想される気象・海象等の変化に耐え、安全に航行することができる性能」のこと。
(引用文献:日本財団図書館HP「社団法人日本海事代理士会『船舶安全法の解説』平成10年度」)
この堪航性と人命に関する安全性の要件を満たしていなければ、日本船舶を運航することはできません。
そして巡視船も船舶安全法の適用を受けるため、当然にこの二つの要件を備えている必要があります。
その上で、海上保安庁の業務を遂行するために「適当な構造、設備及び性能」を有することが求められているのです。
海上保安庁法(昭和23年法律第28号)
第4条
海上保安庁法 | e-Gov 法令検索
海上保安庁の船舶及び航空機は、航路標識を維持し、水路測量及び海象観測を行い、海上における治安を維持し、遭難船員に援助を与え、又は海難に際し人命及び財産を保護するのに適当な構造、設備及び性能を有する船舶及び航空機でなければならない。
なお、PS型以上の巡視船に機関砲が搭載されている根拠もこの庁法第4条だとされています。
・第51回国会 衆議院予算委員会第16号 昭和41年2月17日→内閣法制局長官答弁発言リンク
・第102回国会 衆議院外務委員会第9号 昭和60年4月24日→海上保安庁次長答弁発言リンク
続いて、堪航性と安全性を備えているかどうか確認するために、検査制度が定められています。
ここでは車検と船舶検査との共通点を簡単にご紹介しましょう。
まず車両の場合は【新規検査】に合格し、保安基準に適合していなければ【新規登録】を受けることができません。
その後は、
自家用乗用車の場合、初回は3年に1回、二回目以降は2年に1回のタイミングで【継続検査】を受ける必要があります。
同様に船舶の場合も検査制度があります。
船舶安全法(昭和8年法律第11号)
第5条
船舶安全法 | e-Gov 法令検索
船舶所有者は第2条第1項の規定の適用ある船舶につき同項各号に掲ぐる事項、第3条の船舶につき満載吃水線、前条第1項の規定の適用ある船舶につき無線電信等に関し国土交通省令の定むるところにより左の区別による検査を受くべし。
1 初めて航行の用に供するとき または第10条に規定する有効期間満了したるとき行う精密なる検査(定期検査)
そして、初めて定期検査に合格した際に『船舶検査証書』が交付されるのです。
※より実物に近いものが見たい方は一般社団法人 日本海事代理士会HPを参照のこと。
その後は、やはり船の区分に従って定期的に検査を受ける必要があります。
以上、道路運送車両法と船舶安全法における共通点でした。
さて、
ここで強調しておきたいのは、パトカーなどの緊急自動車も『道路運送車両法』の適用対象であるということ。
これと同じように海上保安庁の船舶も船舶法・船舶安全法の適用を受けます。
なぜなら『警察法』や『海上保安庁法』にそれらを適用除外とする規定がないため。
だからこそパトカーも巡視船も国土交通省が行う検査を受け、車検証や船舶検査証書の交付を受けているのです。
いかがでしょうか?
普段私たちが街中でパトカーを、または港で巡視船を見かけるとき、あまりこんなことは意識されないと思います。
しかし、
その対象が何の法律に基づいて運用されているか?というのは、物事の本質的な理解に通じる大切な視点ではないかと私は考えています。
海上自衛隊艦船との比較
海上自衛隊艦船の制度概要
それではいよいよ今回の本題に入ります。
ここまで船舶法・船舶安全法を細かく語ってきたのは、実を言えば海上自衛隊の艦船について考えてみたかったからです。
さっそく自衛隊法をひも解いてみましょう。
自衛隊法(昭和29年法律第165号)
令和6年12月25日施行第109条【船舶法等の適用除外】
自衛隊法 | e-Gov 法令検索
第1項
船舶安全法(第28条の規定中危険及び気象の通報その他船舶航行上の危険防止に関する部分を除く。)及び小型船舶の登録等に関する法律の規定は、陸上自衛隊の使用する船舶(水陸両用車両を含む。以下単に「陸上自衛隊の使用する船舶」という。)については、適用しない。
第2項
船舶法、船舶安全法、船舶のトン数の測度に関する法律及び小型船舶の登録等に関する法律の規定は、海上自衛隊(略)の使用する船舶については、適用しない。ただし、船舶安全法第28条の規定中危険及び気象の通報その他船舶航行上の危険防止に関する部分は、海上自衛隊の政令で定める船舶については、適用があるものとする。
まず、海上自衛隊で使用する船舶について、船舶法はすべて適用されません。
そして船舶安全法も原則として適用されないものの、ごく一部の規定については適用されます。
船舶安全法(昭和8年法律第11号)
第28条
船舶安全法 | e-Gov 法令検索
危険物その他の特殊貨物の運送及び貯蔵に関する事項ならびに危険及び気象の通報その他船舶航行上の危険防止に関する事項にして左に掲ぐるものは国土交通省令をもってこれを定む。
1 危険物その他の特殊貨物の収納、積附その他の運送及び貯蔵に関する技術的基準
2 前号の技術的基準に適合したることの検査
3 救命信号の使用方法その他の危険及び気象の通報に関する事項
4 前三号のほか特殊貨物の運送及び貯蔵ならびに船舶航行上の危険防止に関し必要なる事項
しかし、それもまたすべてが対象ではなく、海上自衛隊の政令で定める船舶のみが船舶安全法第28条の一部についての適用を受けるのです。
そしてその政令で定める船舶とは、えい船(曳船・タグボート)、消防船、油槽船、水中処分母船などの【支援船】に分類される船舶。
えい船 YT
えい船YT|水上艦艇|装備品|海上自衛隊 〔JMSDF〕 オフィシャルサイト
要は護衛艦・潜水艦・輸送艦といった海上防衛の前線に投入される艦ではなく、民間船舶においても類似する作業に従事する船が【支援船】の範疇に入ります。
(作業が類似するだけであって、海上防衛任務の一環であることは論を俟たない)
従って、こうした支援船に限って、かつ法28条の一部だけが適用となっているのです。
その一方【DDH-183いずも】や【FFM-1もがみ】に代表される護衛艦など、すなわち【自衛艦】については、船舶法・船舶安全法いずれも完全に適用除外という関係です。
しかし誤解の無いように言っておくと、船舶国籍証書に相当する『艦船国籍証書』を艦船に備え付けることが自衛隊法で定められています。
また、内部規則『船舶の造修等に関する訓令』により定期検査を受けなければなりません。
つまり、船舶法・船舶安全法とは別の枠組みで、自衛隊は自らの艦船を管理しているというわけです。
自衛隊法(昭和29年法律第165号)
令和6年12月25日施行第109条【船舶法等の適用除外】第3項
自衛隊法 | e-Gov 法令検索
陸上自衛隊の使用する船舶又は海上自衛隊の使用する船舶は、防衛省令で定めるところにより、国の所有に属するものにあつては国籍を証明する書類を、その他のものにあつては陸上自衛隊又は海上自衛隊の使用するものであることを証明する書類を備え付けなければならない。
自衛隊法施行令(昭和29年政令第179号)
第155条【船舶安全法の適用】
自衛隊法施行令 | e-Gov 法令検索
法第109条第2項ただし書に規定する政令で定める船舶は、自衛艦以外の船舶とする。
海上自衛隊の使用する船舶の区分等及び名称等を付与する標準を定める訓令
(昭和35年9月24日 海上自衛隊訓令第30号)令和6年3月8日施行第2条【船舶の区分等】
海上自衛隊の使用する船舶の区分等及び名称等を付与する標準を定める訓令pdf
海上自衛隊の使用する船舶を自衛艦と支援船とに区分し、その分類、種別及び記号は、別表第1のとおりとする。
適用除外の理由
さて、ここで皆さんにちょっと考えてみてほしいことがあります。
なぜ海上自衛隊の艦船は船舶法の適用を受けないのでしょうか?
なぜ護衛艦は船舶安全法の適用を受けないのでしょうか?
例えば巡視船は船舶に関する一般法である両法令の適用を受けます。
しかし、なぜ護衛艦はそれらの適用を免れるのでしょうか?
いかがでしょうか?
ちょっと考えてみてほしいのです。
え~、そんなの当たり前じゃないか!
…と思われた方も多いかと思いますし、私も当然のこととして理解していました。
しかしその理由をスラスラと答えるのは、ちょっと難しくはないでしょうか。
まず、船舶法が適用されない理由について。
これについて明確に説明した一般書籍を見つけることができませんでした。
しかし、道路運送車両法において自衛隊が使用する自動車が適用除外となっている解説文が参考になったのでご紹介いたします。
適用除外の自動車
1 自衛隊が使用する自動車①自衛隊の使用する自動車には、戦車等特殊な構造、装置を有するものが多く、また、その使用条件についても特殊な場合を想定されているものが多いため、保安基準、検査等については、自衛隊独自の基準に委ねたほうが合理的であること
国土交通省自動車局監修『【改訂版】道路運送車両法の解説』(株)交通総合センター2023.3 p43
②自衛隊の使用する自動車については、所有権の公証等を行う実益はなく、また、車両番号等についても多数の自動車を使用する自衛隊において、もっとも合理的と考えられる形で表示することとしたほうが望ましいこと
船舶法の関係で言えば理由②が参考になります。
改めて船舶法の目的の一つは日本船舶の所有権の公示制度を定めること。
しかし海上自衛隊の使用する船舶について、わざわざ所有権の公示を行う実益はない、あるいは乏しいと考えられます。
次に船舶安全法が適用されない理由について。
こちらは理由①の「戦車」を「護衛艦」に置き換えても、そのまま当てはまるように思われます。
さらに、もっと直接的に条文上の違いから説明することもできます。
船舶の造修等に関する訓令
(昭和32年7月31日防衛庁訓令第43号)
(令和2年10月1日改正施行)第1条【目的】
船舶の造修等に関する訓令pdf
この訓令は、陸上自衛隊の使用する船舶(略)及び海上自衛隊(防衛大学校を含む。)の使用する船舶(略)の堪航性及び安全性並びにその使用目的に対する適合性(海洋汚染防止の目的に対する適合性を含む。)を確保するため、その製造、改造、修理(中略)及び定期検査、年次検査、入きよ(略)その他の検査等に関する基準、手続等を定めることを目的とする。
船舶安全法(昭和8年法律第11号)
第1条
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日本船舶は本法によりその堪航性を保持し、かつ人命の安全を保持するに必要なる施設を為すにあらざれば、これを航行の用に供することを得ず。
そもそも船舶安全法第1条で日本船舶は「堪航性を保持し、且つ人命の安全を保持」しなければ、運航してはならないと定めています。
この堪航性と(人命の)安全性に関しては海自艦船も同様ですが、さらに【使用目的に対する適合性】も求められています。
では、その使用目的とは何でしょうか?
当然これは自衛隊法に掲げる「我が国の防衛」任務のためだと考えられます。
自衛隊法(昭和29年法律第165号)
令和6年12月25日施行第3条【自衛隊の任務】
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自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。
従って、
海上自衛隊の艦船には船舶安全法の範囲を超える特殊な要件も求められ、管理上の合理性の観点から別の枠組みが設けられている。
…と、このように説明することができそうです。
【参考文献】
公財) 防衛基盤整備協会『令和4年度 支援船の造修整備関連規則の最適化に関する調査研究 成果報告書』pdf 令和5年3月28日
→防衛省HP【予算執行等に係る情報の公表等】2022(令和4)年度→【委託調査経費に関する成果物】掲載
海上自衛隊艦船の建造・修理に関する独自性について、大変わかりやすく解説してあります。また、その独自性には崇高な使命と責任があることを強調しており、皆さまにも一読をお勧めする資料です。
おわりに
以上、船舶法と船舶安全法の解説でした。
いかがだったでしょうか?
今回は私たちに身近な車両と、船舶を比較してその特徴を比べてみました。
さらに、巡視船を含む一般船舶と海上自衛隊の艦船とでは、法律の土台が違うことも説明いたしました。
この点は前回の『船員法』『船舶職員及び小型船舶操縦者法』でも同じでしたね。
ところで、ここで私が触れておきたいのは、
解役した護衛艦を巡視船に転用しよう、
護衛艦と巡視船の規格を共通化しよう…という意見についてです。
とりあえず、
そうした意見の当否は置いておくとして。
船員も船舶も全く違う法律に基づいているものを、同一の枠組みに収めようとするのはかなりの困難がともなうと私は考えます。
もちろん法律も制度も人がつくったものですから、いかようにも変えることはできます。
ただ、
そうであればこそ「なぜ現在の法律・制度はそのようになっているのか?」ということへの真摯な探求がなくてはなりません。
また、巡視船をして「なぜ護衛艦と異なっているのか?」と問うような意見も見受けられます。
しかし、これは問いの立て方が逆転しているように思います。
つまり「なぜ護衛艦は巡視船を含む一般船舶とは異なっているのか?」と問うべきなのです。
なぜなら、船舶法・船舶安全法こそが日本船舶の一般法なのであり、その適用を除外されている艦船の特殊性をこそ鑑みる必要があるからです。
なお、私は価値の優劣を論じているわけではありません。
一見、似たような物事であっても、その背景をよく理解しないといけないという話です。
というのは、
自分の興味関心のある知識、あるいは既存の知識のみをもって、全体を論じるのは大変危ういことだと私は思うからです。
自分自身のことをふりかえると、
私は【PLH31しきしま】をきっかけに巡視船を知り、多少は船について詳しくなったつもりでした。
また、私は運転免許を持っており、車も所有していました。
そのため船を考えるときも、なんとなく車と似たようなものという感覚があったのですが…。
しかし、海事代理士試験を通じて学んだ結果、改めて船の世界の広さ・奥深さに気づかされたのです。
こうした私なりの気づきと反省をこめつつ、今回は船舶法令全体の中における巡視船を語ってみました。
民間船舶・巡視船・護衛艦、そしてすべての船好きの人のご参考になれば幸いです。
次回《船舶航行編》に続く
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