これでアナタも海事代理士試験 合格まちがいなし!?
はじめに
みなさん、海事代理士ってご存知ですか?
海事代理士は海で働く船員や船舶に関する法律の専門家のことです。
一般的には海の司法書士・行政書士なんて呼ばれてたりします。
私は令和6年度海事代理士試験に挑戦し、合格することができました。
元々、海上保安庁のことが好きで、海上保安官や巡視船のことばかり考えていた私。
当然、海上保安庁に関することだけはどんどん詳しくなっていくのですが、そもそもの海や船のことは全く知らないままでした。
これではいかん!
何か勉強しよう!
…と思って始めたのがこの資格の勉強です。
そして、いざ始めてみると知らないことだらけで、正直言ってくじけそうにもなりました。
しかし、そんな時に役に立ったのがやっぱり海上保安庁の知識。
海上保安庁の知識を駆使して海事法令を学習し、学ぶことで逆に海上保安庁をもっと知ることができました。
今回はそんな私なりの発見を皆さんにご紹介したいと思います。
海事代理士試験の内容
まずは試験の内容をサラッとご紹介。
出題される法令科目は20法令。
①憲法
②民法
③商法(第3編 海商のみ)
④国土交通省設置法
⑤船員法
⑥船員職業安定法
⑦船舶職員及び小型船舶操縦者法
⑧海上運送法
⑨港湾運送事業法
⑩内航海運業法
⑪港則法
⑫海上交通安全法
⑬海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律
⑭領海等における外国船舶の航行に関する法律
⑮船舶法
⑯船舶安全法
⑰船舶のトン数の測度に関する法律
⑱造船法
⑲国際航海船舶及び国際港湾施設の保安の確保等に関する法律(国際港湾施設に係る部分を除く)
⑳船舶の再資源化解体の適正な実施に関する法律
これらの筆記試験を一日でやるんですよ?
エグいですね☆(^_^)
筆記試験に合格したら次は口述試験。
主要法令4科目について約13分で答えるというジェットコースターみたいな難関が待ち受けています。
なお、
出題法令は大きく2つに分類することができ、その所管官庁が国土交通省の海事局か海上保安庁かで分かれます。
国土交通省(海事局) |
船員法 船員職業安定法 船舶職員及び小型船舶操縦者法 海上運送法 港湾運送事業法 内航海運業法 船舶法 船舶安全法 船舶のトン数の測度に関する法律 造船法 船舶の再資源化解体の適正な実施に関する法律 |
海上保安庁 |
港則法 海上交通安全法 海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律 領海等における外国船舶の航行に関する法律 国際航海船舶及び国際港湾施設の 保安の確保等に関する法律 |
今回のシリーズではいくつかの法令をピックアップし、そこから海上保安庁という存在を読み解いていきます。
第1回目は海上保安庁という組織や、そこで働く人々=海上保安官について。
それでは始まりです。
国土交通省設置法
省・庁とは何か?
さて、最初にご紹介する法令は『国土交通省設置法』です!
試験問題としては国土交通省の内部部局や地方運輸局の業務範囲に関することが問われます。
ハッキリ言って地味な内容で、そのまま暗記するだけではあまり面白くはありません。
そこで、この科目を海上保安庁の目線で読み解いてみましょう。
そもそも!
国土交通省って何でしょうか?
海上保安庁って一体何なのでしょうか?
その答えを探るために上位法である『国家行政組織法』から見ていきます。
国家行政組織法
(昭和23年法律第120号)第3条
国家行政組織法 | e-Gov 法令検索
【行政機関の設置、廃止、任務及び所掌事務】
第3項 省は、内閣の統轄の下に第5条第1項の規定により各省大臣の分担管理する行政事務及び同条第2項の規定により当該大臣が掌理する行政事務をつかさどる機関として置かれるものとし、委員会及び庁は、省に、その外局として置かれるものとする。
第6条
(略)庁の長は、長官とする。
そしてこの法律の別表第一において、国土交通省の外局として観光庁、気象庁、そして海上保安庁が掲げられています。
省 | 委員会 | 庁 |
国土交通省 | 運輸安全委員会 | 観光庁 気象庁 海上保安庁 |
ちなみに地図などを作製している国土地理院は【特別の機関】という、庁より下位の位置づけになっています。
それではいよいよ『国土交通省設置法』における海上保安庁はと言えば…。
国土交通省設置法
(平成11年法律第100号)第41条 国家行政組織法第3条第2項の規定に基づいて、国土交通省に、次の外局を置く。
観光庁 気象庁
2前項に定めるもののほか、国家行政組織法第3条第2項の規定に基づいて国土交通省に置かれる外局は、次のとおりとする。
運輸安全委員会 海上保安庁第52条 海上保安庁については、海上保安庁法(これに基づく命令を含む。)の定めるところによる。
国土交通省設置法 | e-Gov 法令検索
実は海上保安庁の内部部局(警備救難部や装備技術部)に関することは、設置法には書かれていません。
これについては『国土交通省組織令』や『海上保安庁組織規則』に定められているからです。
実際のところ、
海事代理士試験におけるこの科目で海保組織のことは出題されません。
なので受験生はあまり知らなくてもいい話ではあるのです。が!
試験後半に出題される『港則法』や『海上交通安全法』を理解するために、知っておいて損はないのでもうちょっと話を続けます。
外局とは何か?
改めて外局とは何でしょうか?
国土交通省の内部部局【海事局】や、地方支分部局の一つ【地方運輸局】とは何が違うのでしょうか?
ズバリその答えは「組織の独立性」にあります。
国家行政組織法
(昭和23年法律第120号)第10条【行政機関の長の権限】
国家行政組織法 | e-Gov 法令検索
各省大臣、各委員会の委員長及び各庁の長官は、その機関の事務を統括し、職員の服務について、これを統督する。
第12条第2項
各外局の長は、その機関の所掌事務について、それぞれ主任の各省大臣に対し、案をそなえて、省令を発することを求めることができる。
第13条
各委員会及び各庁の長官は、別に法律の定めるところにより、政令及び省令以外の規則その他の特別の命令を自ら発することができる。
第14条第1項
各省大臣、各委員会及び各庁の長官は、その機関の所掌事務について、公示を必要とする場合においては、告示を発することができる。
第2項
各省大臣、各委員会及び各庁の長官は、その機関の所掌事務について、命令又は示達をするため、所管の諸機関及び職員に対し、訓令又は通達を発することができる。
第15条
各省大臣、各委員会及び各庁の長官は、その機関の任務(略)を遂行するため政策について行政機関相互の調整を図る必要があると認めるときは、その必要性を明らかにした上で、関係行政機関の長に対し、必要な資料の提出及び説明を求め、並びに当該関係行政機関の政策に関し意見を述べることができる。
例えば人事権の独立性について。
国土交通省に属する職員は大臣の指揮監督の下にあり、具体的にはこれを補佐する国土交通事務次官によって職員の任免や懲戒が行われています。
(細かい権限はさらに下位の役職に委任されています)
しかし、海上保安庁長官は国土交通事務次官の権限からは独立して、海上保安庁内の人事を決めることができます。
その他、組織の外部に対しても独自の規則を発する権限が海上保安庁長官には与えられています。
このように、
国土交通省グループに属しながらも、一定の独立性を持っているのが海上保安庁。
ただ、逆に言えば自動車・鉄道・航空・港湾整備といった幅広い国土交通行政の中の一部署であるということも忘れてはならない点です。
船員法
船員法とは何か?
それではようやく海事法令らしい科目に移っていきましょう。
まずは船員法。
これは船に乗り組んで働く人を対象とした労働に関する基本法です。
一方、民間企業に勤める多くの人は陸上で働き、その労働条件は『労働基準法』に基づくこととされています。
労働条件とは労働時間・休日・有給休暇などに関すること。
しかし、
船員(船長・海員・予備船員)は一部を除き『労働基準法』が適用されず、この『船員法』が適用されます。
労働基準法
労働基準法 | e-Gov 法令検索
(昭和22年法律第49号)
第116条【適用除外】第1項
第1条から第11条まで、次項、第117条から第119条まで及び第121条の規定を除き、この法律は、船員法第1条第1項に規定する船員については、適用しない。
船員法
船員法 | e-Gov 法令検索
(昭和22年法律第100号)
第6条【労働基準法の適用】
労働基準法第1条から第11条まで、第116条第2項、第117条から第119条まで及び第121条の規定は、船員の労働関係についても適用があるものとする。
なお、
労働基準法は労働者の権利を保護するための法律です。
そのため内容の多くは【使用者】(雇用主)側に「〇〇をしてはならない」「△△をしなければならない」といった義務を課したものとなっています。
同様に船員法も【船舶所有者】(雇用主)などに対して、多くの義務があります。
ただし、船員法では労働者(船員)側にも様々な義務を課しているのが特徴です。
それが最もよく表れているのが【船長】に関する規定。
船員法
第7条【指揮命令権】
船長は、海員を指揮監督し、且つ、船内にある者に対して自己の職務を行うのに必要な命令をすることができる。
船員法
船員法 | e-Gov 法令検索
第21条【船内秩序】
海員は、次の事項を守らなければならない。
一 上長の職務上の命令に従うこと。
二 職務を怠り、又は他の乗組員の職務を妨げないこと。
三 船長の指定する時までに船舶に乗り込むこと。
四 船長の許可なく船舶を去らないこと。
五 船長の許可なく救命艇その他の重要な属具を使用しないこと。
六 船内の食料又は淡水を濫費しないこと。
七 船長の許可なく電気若しくは火気を使用し、又は禁止された場所で喫煙しないこと。
八 船長の許可なく日用品以外の物品を船内に持ち込み、又は船内から持ち出さないこと。
九 船内において争闘、乱酔その他粗暴の行為をしないこと。
十 その他船内の秩序を乱すようなことをしないこと。
【海員】とは「船内で使用される船長以外の乗組員で労働の対償として給料その他の報酬を支払われる者」のことなのですが、要は船長以外の乗組員のこと。
海員は船上にあっては、船長からの職務上の命令に従い、規律を守らなければなりません。
もちろん、
陸上の労働者だって会社の備品を勝手に使ったり、仕事をさぼったりするのは良くないことです。
しかし、それは雇用主との間の話であって、わざわざ国が定めた法律(労働基準法)にそんなことは書かれていません。
ところが船長には強力な権限が与えられており、これに従うべきことが明記されています。
なぜなら船長には航海成就義務や人命・積み荷に対する救助義務といった重たい責任があり、それを実現するために強力な権限が必要とされているからです。
そしてこの違いは【海上労働の特殊性】に由来するもの、と一般に説明されています。
・長時間陸上から孤立すること。
船員法のご案内 – 北陸信越運輸局
・船外支援(修繕・医療等)を受けられない。
・動揺する船内で危険な作業をともなうこと。(海中転落の危険)
・「労働」と「生活」が一致した24時間体制の就労があること。
海上保安官は適用除外!?
さて、
そんな特殊な世界:海で働く海上保安官にも当然に船員法が適用される…と思いきや!
なんと海上保安官に船員法は適用されません。
「でも巡視船に乗り組んで働いているじゃないか!」と思われるでしょうが、実は『国家公務員法』でそのように決まっているのです。
国家公務員法
国家公務員法 | e-Gov 法令検索
(昭和22年法律第120号)令和5年4月1日改正
制定附則第6条
労働組合法、労働関係調整法、労働基準法、船員法、(中略)並びにこれらの法律に基づく命令は、職員には適用しない。
そもそも海上保安官は国家公務員なので『労働基準法』が適用されません。
したがって労働基準法の海上版とも言える『船員法』も適用されず、代わりに『国家公務員法』に基づいて働いているのです。
じゃあ、
さっきまで長々と説明してきた船員法は一体何だったんだ…と思われるかもしれませんが、ご安心ください。
国家公務員法には次のような規定もあります。
国家公務員法
国家公務員法 | e-Gov 法令検索
(昭和22年法律第120号)令和5年4月1日改正
第一次改正法律附則(昭和23年12月3日法律第222号)
第3条
一般職に属する職員に関しては、別に法律が制定実施されるまでの間、国家公務員法の精神にてい触せず、且つ、同法に基く法律又は人事院規則で定められた事項に矛盾しない範囲内において、労働基準法及び船員法並びにこれらに基く命令の規定を準用する。
国家公務員法の関連規則と矛盾しない範囲内において、船員法の一部を準用することになっています。
その準用部分こそが先ほどの船長の責任や権限に関すること。
例えば海上保安官の給料や労働時間・休日・有給休暇に関することは、関連規則の『一般職の職員の給与に関する法律』や人事院規則できちんと定められています。
よって、こうした部分については船員法が適用されません。
その一方、
船長の責任や権限に関する規定は国家公務員法などには無く、かつ同法の精神に抵触・矛盾しないため、この部分についてだけ船員法が適用される余地があると考えられるのです。
海上自衛官は適用対象外!?
とりあえずここまでを整理すると、
・民間船員 →船員法
・海上保安官→国家公務員法(例外あり)
…ということがおわかりいただけたかと思います。
それでは護衛艦などに乗り組む海上自衛官についてはどうでしょうか?
もちろん海上自衛官も国家公務員であり、国家公務員法の対象とはなるのですが…。
実は国家公務員は【一般職】と【特別職】に大きく分けられています。
国家公務員法
国家公務員法 | e-Gov 法令検索
(昭和22年法律第120号)令和5年4月1日改正
第2条【一般職及び特別職】
第3項 特別職は、次に掲げる職員の職とする。
16.防衛省の職員
第5項 この法律の規定は、この法律の改正法律により、別段の定がなされない限り、特別職に属する職には、これを適用しない。
防衛省の職員たる海上自衛官は【特別職】に分類され、国家公務員法の直接的な適用を受けません。
そして【特別職】以外のものが【一般職】であり、海上保安官はこちらに属します。
ここでもう一度先ほどの準用規定を見てみると、「一般職に属する職員に関しては、船員法を準用する。」とあります。
ということは、
海上保安官には船員法が適用される余地がある。
けれども海上自衛官は特別職に属する職員なので、完全に適用対象外。
…と思いきや。
自衛隊法
(昭和29年法律第165号)令和6年10月1日改正施行第108条【労働組合法等の適用除外】
自衛隊法 | e-Gov 法令検索
労働組合法、労働関係調整法、労働基準法、船員法(第1条、第2条、第7条から第18条まで、第20条、第25条から第27条まで、第122条から第125条まで、第126条(第六号及び第七号を除く。)、第127条、第128条(第三号を除く。)、第128条の2及び第134条並びにこれらに関する第120条の規定を除く。)、(中略)並びにこれらに基づく命令の規定は、隊員については、適用しない。
実は自衛隊法においては労働基準法はその全部を隊員に適用しない、船員法も原則として隊員に適用しないこととされています。
ただし!
列挙された船員法のいくつかの規定は「除く」ので、ここの部分だけは自衛隊員にも適用されるのです。
その適用される規定がコチラ↓
船員法 | 主な内容 |
第1条・第2条 | 船員・海員などの言葉の定義 |
第7条~第18条 | 船長の責務に関すること |
第20条 | 船長が死亡したときなどの措置 |
第25条~第27条 | 船長による危険に対する処置 |
第122条~第126条 | 船長に対する罰則 |
第127条・第128条 | 海員に対する罰則 |
第134条・第120条 | その他 |
やはりそのほとんどは船長の責任や権限に関する事柄であり、こうした船員法独特の部分は海上自衛官にも適用される余地があるようです。
ということで、
以上が海上保安官・海上自衛官に対する船員法の適用関係です。
なお、
「適用される余地がある」という言い方を私がしているのは、実際の場面では各組織の内部規律に従って行動しているため。
こうしたことから船員法が前面に出てくることはあまりないと考えられるからです。
以上はあくまで法律の適用範囲、その境界上の話ということでご理解ください。
船舶職員及び小型船舶操縦者法
船の運航資格・操縦資格について
それでは今回最後の法令科目『船舶職員及び小型船舶操縦者法』に行ってみましょう。
まず名前が長いのと、一体何の法律なのかよくわからないかと思います。
これは端的に言えば、
船舶を運航・操縦するための免許に関する法律。
車に当てはめると『道路交通法』に相当し、免許取得のための条件や試験に関することを定めた法令だと思ってください。
ただし、
『道路交通法』が車の交通ルールも定めているのに対し、船の交通ルールは別の『海上衝突予防法』などに定められています。
ちなみに、
車のように一本の法律にまとまっていないのは、それだけ船の資格(海技免許・操縦免許)制度の複雑さを表しているようにも感じるところです。
それはさておき。
この法律のタイトルを分解して解説してみましょう。
船舶職員とは大型船舶(総トン数20トン以上の船舶)に乗り組んで船長や航海士・機関長・機関士・通信長・通信士の職務を行う者を指します。
船舶職員となるには海技免状を取得する必要があり、これが車で言うところの運転免許証に相当するものです。
そして、
小型船舶操縦者とは小型船舶(総トン数20トン未満の船舶など)の船長のことを指します。
こちらはプレジャーボートのように一人で操縦する船についての資格です。
小型船舶操縦者となるには小型船舶操縦免許証を取得する必要があります
海上保安官は船乗り
さて。
船の運航・操縦資格に関する制度を概観したところで、まず皆さんにお伝えしたいのは。
巡視船を運航するには、
海技免状を取得しなければならない
…ということです。
もちろん小型船舶に相当する監視取締艇などは小型船舶操縦免許証が必要となります。
船舶職員及び小型船舶操縦者法
(昭和26年法律第149号)第18条【船舶職員の乗組みに関する基準】
船舶職員及び小型船舶操縦者法 | e-Gov 法令検索
船舶所有者は、その船舶に、船舶の用途、航行する区域、大きさ、推進機関の出力その他の船舶の航行の安全に関する事項を考慮して政令で定める船舶職員として船舶に乗り組ませるべき者に関する基準(以下「乗組み基準」という。)に従い、船長及び船長以外の船舶職員として、それぞれ海技免状を受有する海技士を乗り組ませなければならない。(後略)
考えてみれば当たり前の話なのですが、この点は世間的にあまり意識されてないように感じます。
しかしこれは警察官がパトカーを運転するには運転免許証が必要なのと同じこと。
そもそも『船舶職員及び小型船舶操縦者法』は一般職国家公務員にもバッチリ適用されます。
なぜなら船員法とは違って『国家公務員法』にこの法律を適用除外とする規定は無いので。
(『地方公務員法』にもありません)
そして免状・操縦免許証を取得するためには試験に合格しなければなりません。
では海上保安官は一体どこでその勉強をするのでしょうか?
これが自動車であれば街中の自動車教習所に通うわけですが…。
この答えは皆さんおわかりですね?
もちろん海上保安大学校と海上保安学校で船の勉強をするのです。
実際に両校で紹介されている内容がこちら↓
海上保安大学校(本科)で取得する資格・免状
海上保安学校で取得する資格・免状
海技士…海技試験の合格後、講習の修了を経て海技免許を受けた者のこと。
小型船舶操縦士…操縦試験に合格し操縦免許を受けた者のこと。
上に引用した資格・免状の一覧で注目なのは、すべての教育課程で【一級小型船舶操縦士】資格の取得が記載されていること。
なお、これは海上保安学校における他の【航空整備コース】【管制課程】【航空課程】【海洋科学課程】でも同様です。
すなわち船舶の大小はあれど海上保安官は等しく船舶操縦・運航の教習を受けるのであり、この点こそ海上保安官という職業の特徴なのです。
よく「海上保安官は海の警察官・消防士」といった説明がされますが、その根本には【船に乗って仕事をする人】という要素があるのを見逃してはなりません。
さらに、
海上保安庁とはそうした【船に乗って仕事をする人々】の集団なのだ、と言うこともできるのではないでしょうか。
船乗りになるための学校
ところで『船舶職員及び小型船舶操縦者法』の視点から海保大・海保校を眺めるとどうなるでしょうか?
同法および施行規則では「船舶の運航又は機関の運転に関する課程を設置するもの」として【船舶職員養成施設】を定義しています。
さらに国土交通大臣の登録を受けたものを【登録船舶職員養成施設】と言います。
そして、この登録船舶職員養成施設の課程を修了した者は、海技試験のうち学科試験の全部または一部の免除を受けることができます。
(法第13条の2、則第57条参照)
ということで、
実はこのようなメリットを備えているのが海保大・海保校なのです。
より正確に言えば、両校は国土交通大臣の【登録船舶職員養成施設】として登録を受けた【第一種養成施設】です。
船舶職員及び小型船舶操縦者法施行規則
船舶職員及び小型船舶操縦者法施行規則 | e-Gov 法令検索
(昭和26年運輸省令第91号)
第56条【登録船舶職員養成施設の区分】
法第13条の2第1項の登録船舶職員養成施設は、次に掲げる登録船舶職員養成施設の区分に従い、船舶職員の養成を行う。
一 第一種養成施設(その養成を目的とする海技士の資格に係る海技試験について第25条に規定する乗船履歴を有しない者(修了時において当該海技試験について同条に規定する当該乗船履歴を有することとなる者を除く。)を対象とする養成施設をいう。)
(中略)
二 第二種養成施設(その養成を目的とする海技士の資格に係る海技試験について第25条に規定する乗船履歴を有する者(修了時において当該海技試験について同条に規定する当該乗船履歴を有することとなる者を含む。)を対象とする養成施設をいう。)
なお、
このことは国土交通省HPに掲げられた『船舶職員養成施設一覧表』(令和6年8月6日現在)で確認することができます。
そもそも海保大・海保校は海上保安庁の教育機関であり、海上保安官を育てるための学校です。
したがって海上保安官として必要な法令知識や集団規律、けん銃の取り扱いや逮捕術をここで学ぶのですが…。
同時に、両校は【船乗りになるための学校】という側面を持っています。
こうした点もなかなか意識されてこなかった部分ではないでしょうか。
そしてやはり海上保安官は職務の根本に【船乗り】という性質があるのだと感じるところです。
《補足》
海上保安学校分校【門司分校】について
有資格者を対象とする同校が第二種施設としての登録を受けているのかどうかは不明でした。ご存知の方はご教示願います。
海上自衛官は艦乗り
さてそれでは護衛艦などに乗り組む海上自衛官はどうなのでしょうか?
『船員法』については原則として適用除外とされつつも、一部については適用の余地がありました。
それでは『自衛隊法』を再び見てみましょう。
自衛隊法
自衛隊法 | e-Gov 法令検索
(昭和29年法律第165号)令和6年10月1日改正施行
第110条
【船舶職員及び小型船舶操縦者法の適用除外】
第1項 船舶職員及び小型船舶操縦者法の規定は、陸上自衛隊の使用する船舶及びこれに乗船して小型船舶操縦者の業務に従事する隊員については、適用しない。
第2項 船舶職員及び小型船舶操縦者法の規定は、海上自衛隊の使用する船舶及びこれに乗り組んで船舶職員の業務に従事する隊員又はこれに乗船して小型船舶操縦者の業務に従事する隊員については、適用しない。
ご覧の通り、
陸上自衛隊・海上自衛隊の隊員に関して『船舶職員及び小型船舶操縦者法』は適用されません。
じゃあ航空自衛隊の隊員には適用されるのか?という疑問が即座に浮かびますが、そもそも航空自衛官が船舶に乗り組むことを想定していないのかもしれません。
ただ、
【護衛艦いずも】や【護衛艦かが】の空母化が完了した際は、航空自衛隊との共同運用となるようですので、将来的には法改正されるような気がします。
それはさておき!
海上自衛官には『船舶職員及び小型船舶操縦者法』が全面的に適用されず、したがって護衛艦などの運用に関して海技士などの資格は必要ありません。
ただ誤解のないように言っておくと、自衛隊の内部規則による資格・条件に基づいて艦艇を運用しているのです。
【参照】
『自衛艦乗員服務規則』
『自衛艦の艦内の編制等の細部に関する達』
→防衛省情報検索サービスより
繰り返しになりますが、海上自衛官は艦艇を運用する際に海技免状や小型船舶操縦免許証を受有している必要がありません。
その一方で、海上保安官は船艇を運航・操縦する際にそれらを必要とし、実際にその資格を持っています。
この点は実に大きな違いです。
しばしば「海上保安庁を防衛省に組み込んで、海上自衛隊の傘下に置くべし」といった意見も散見されます。
これはおそらく【船舶を操る】という共通点のみを取り上げて、あたかも互換可能であるかのように誤解されているケースだと思われます。
しかしこれまでに述べたように、船舶の資格において海上保安官と海上自衛官はまったく異なる制度の下にあります。
もちろん、
海上自衛官個人が海技資格を取得し、海技免状を受有することは可能です。
実際に海上自衛官を退職した後に、民間商船企業や海上保安庁に再就職する例もあると聞きます。
ただし、その際には海技試験を受験し、これに合格した上で必要な講習を受け、申請することでようやく海技免状を手に入れることができるのです。
また、逆のパターンとして既に海技資格を持っている方が海上自衛隊に就職する例もあるでしょう。
とは言いながら、
組織全体の話となると両者は異なる資格制度に基づいて船艇職員・艦艇要員を育成し、運用しています。
そもそもこれは両者の組織目的や扱う船舶が違うため。
地味かもしれませんが、こうした点を無視してはならないと私は考えます。
《補足》
上掲した『船舶職員養成施設一覧表』には第1術科学校と第2術科学校が第二種養成施設として掲載されています。これは術科学校としての処置であり、既に乗船履歴を有する者を対象とする登録区分です。
まとめ
以上、
【海事法令で読み解く海上保安庁】いかがだったでしょうか?
これまで私は海上保安庁そのものを中心に海上保安官や巡視船について考えてきました。
例えばそれはヒーローとしての潜水士(海猿)や、中国海警局と対峙する巡視船といったイメージで想像されがちです。
しかし海事代理士試験の勉強を通じて、【日本の海事制度の枠組みの中における海上保安庁】というものを見出したように思います。
また、そこには海上保安庁のリアルな姿があるように感じられました。
こうした私なりの発見と驚きを皆さんと共有できれば幸いです。
次回《船舶編》に続く
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