巡視船さがみが掲げた▲マークの意味とは?
自衛隊と初の実動訓練 有事想定
[2023年07月13日(Thu)]海上保安庁と防衛省・自衛隊は6月22日、武力攻撃事態で海保が防衛大臣の統制下に入ったことを想定した初の共同実動訓練を伊豆大島東方海域で行った。
海上保安新聞 (canpan.info)
民間人の移送を担う巡視船に国際条約に基づく「特殊標章」を掲示するなど、住民避難や民間船舶への情報提供・避難支援に伴う手順を検証した。
防衛省・自衛隊:海上保安庁との共同訓練について (mod.go.jp) 護衛艦やまぎり 巡視船さがみ
はじめに
2023年6月22日、
防衛省と海上保安庁による『統制要領』に基づく共同訓練が行われました。
この『統制要領』とは海上保安庁の全部または一部を防衛大臣の統制下に入れる際の手続きを定めたもの。
2023年4月28日に策定され、
2023年5月30日に机上訓練、
そして今回初の実動訓練に至りました。
そもそも『統制要領』策定に当たっては、
海上保安庁法第25条(非軍事規定)と、
自衛隊法第80条【海上保安庁の統制】との整合が議論の的になってきたところです。
それゆえに今回の実動訓練は、二つの規定をいかに矛盾なく実行させるか?を検証する場であったとも言えるでしょう。
それはさておき。
防衛省が発表した【巡視船さがみ】の写真をご覧ください!
いつも見慣れた白の船体に緑色の甲板…、
そこに張り付いた謎の ▲ マーク!
違和感があり過ぎて、
正直言って合成写真かと思いました…。
(+o+)
この三角のマークは何なのか?
なぜあんな派手な色なのか?
一体どこからやって来たのか?
『統制要領』をめぐる議論は一旦脇に置いといて。
まずはこのマークが気になるところです。
そこで今回は
巡視船のデザイン史シリーズ番外編として、これを取り上げてご紹介いたします。
これは一体なんなのか?
さて。
改めてこのオレンジに青の三角形は何のマークなんでしょうか?
そもそもこの2色は絶妙に合わない組み合わせですし、四角形と三角形の直線で構成されているので鋭利で無機質な印象を受けます。
私は今回の報道で初めてこのマークを見たのですが、ずいぶん どぎついカラーだなぁ…と感じました。
答えを先に言うと、
これは【国民保護】活動を行う人や建物などを示すマークです!
第3章 国民保護への対応
(4)特殊標章等これは、
国民保護措置に係る職務を行う者等 及び
国民保護措置に係る職務のために使用される場所等を識別させるためのものである。総務省消防庁『令和4年版 消防白書』より
令和4年版 消防白書(PDF版) | 令和4年版 消防白書 | 総務省消防庁 (fdma.go.jp)
…はい、
さっぱりわかりませんよね。
(▲_▲;)
そこで、
ここから一度話を脱線して説明していきたいと思います。
赤十字の意味するもの
それではこのマークはどうでしょうか?
法律上の制限があるためカラー画像を掲載できないのですが、これは白色に赤の十字だと思ってください。
要するにこれは赤十字のマークです。
実はこのマークは元々、
戦地にある軍隊の傷者 及び
病者の状態の改善に関する
1949年8月12日のジュネーヴ条約
(通称:第1条約)
→外務省リンク
…に規定された軍隊の衛生機関であることを表す標章。
そして、
紛争当事国はいかなる場合にも「衛生機関の固定施設および移動衛生部隊を攻撃してはならない」とされています。
このため、赤十字を掲げる衛生機関の施設は攻撃から保護されるのです。
そして、
この条約から拡大発展した、
1949年8月12日のジュネーヴ諸条約の
国際的な武力紛争の犠牲者の保護
に関する追加議定書
(通称:第1追加議定書)
→外務省リンク
…においては、
軍隊・民間を問わず病院を攻撃の対象としてはならないと定められています。
これに合わせて赤十字も単に軍隊の衛生機関のみならず、幅広く医療組織・医療要員などを表す【特殊標章】として扱われることになりました。
なお、
日本赤十字社のパンフレット『知っていますか?このマークの本当の意味』によると、
「赤十字マークは、戦争や紛争などで傷ついた人々と、その人たちを救護する軍の衛生部隊や赤十字の救護員・施設等を攻撃から守るために使用(表示)するマークです。」
(p3より)
…と説明されています。
【参考文献】
・日本赤十字社HP
「赤十字マークの意味と約束事」
・日本赤十字社
『赤十字標章パンフレット 知っていますか?このマークの本当の意味』pdf
↑大変勉強になるので、
みなさんもぜひ読んでみてください!
文民保護の国際的な特殊標章
それでは話を元に戻しましょう。
端的に言えば、
このオレンジと青のマークも国際条約で定められたもう一つの【特殊標章】なのです。
(通称:第1追加議定書『1949年8月12日のジュネーヴ諸条約の国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書』が出典。)
第6章 文民保護
第66条【識別】4
千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ諸条約の国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(議定書Ⅰ) | 外務省 (mofa.go.jp)
文民保護の国際的な特殊標章は、文民保護組織並びにその要員、建物及び物品の保護並びに文民のための避難所のために使用するときは、オレンジ色地に青色の正三角形とする。
特に【赤十字】Red Crossのような通称的な呼び方はなく、条約どおりに言うと
【文民保護の国際的な特殊標章】
The international distinctive sign of civil defence
…となります。
ちなみに。
赤十字もこちらのマークも同じ「特殊標章」と翻訳されています。
ただし、原文では赤十字はエンブレム(紋章)、文民保護の特殊標章はサイン(図柄)とされているので微妙にニュアンスが違います。
おそらくこれは赤十字が元々スイス国旗を由来としており、文民保護…の方はそうした固有の由来がないのでサイン(図柄)と表現されているのではないかと考えます。
このサインのことも赤十字にならって、
【青三角】blue triangleと呼んでもいいのではないかと思うのですが、なぜか浸透していません。
とりあえずこのHPで単に「特殊標章」という場合は、【文民保護の国際的な特殊標章】の方を指すとご理解ください。
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そもそも文民とは?
ここまでで、
【赤十字】も【特殊標章】も国際条約で定められたマークだということはご理解いただけたかと思います。
ではこの二つは何が違うのでしょうか?
まず【赤十字】は傷病者や医師・病院などを保護するためのものでした。
他方、【特殊標章】は、
・文民保護組織
・文民保護組織の要員
・文民保護組織の建物及び物品
・文民のための避難所
…を表すものとされています。
が、
やっぱり何のことだか
よくわかりません。
(▲_▲;)
まず【文民】とは何でしょう?
ものすごくざっくりと言えば、
【武器を持って戦わない人】ということになるでしょうか。
すなわち正規の軍人などではなく、
武器を携行せず抵抗の手段を持たないような人…というイメージ。
こうした無抵抗の人たちを戦争などの被害から保護・隔離するために、【特殊標章】を掲げた人や”物”、建物は攻撃してはならないという国際ルールになっているのですね。
そして”物”の中には車両や船舶・航空機のことも含まれています。
つまり、
【特殊標章】を掲げた巡視船さがみが意味しているのは、
”本船は文民の保護活動中である”
”よって本船を攻撃してはならない”
…ということになります。
補 足
~民間防衛と文民保護と国民保護~
条約原文では”civil defence”=「民間防衛」と直訳される言葉を、外務省は「文民保護」と意訳しています。
さらに条約の内容を日本の国内法に反映したのが、通称『国民保護法』。
文民保護が一般名詞なら、国民保護は「日本政府が日本国民を保護します!」という固有名詞的なニュアンスですね。
見え方の検証とは?
ここまでで、
あの奇抜な【特殊標章】には【赤十字】と同じような大切な意味があることがわかりました。
それではせっかくなので、もう少し掘り下げてみたいと思います。
今回の実動訓練を報道した別の記事から。
海自、海保が初の共同実動訓練
海自、海保が初の共同実動訓練 特殊標章の見え方も確認 – 産経ニュース (sankei.com)
特殊標章の見え方も確認
2023/6/22 15:59
防衛省と海保によると、実動訓練は22日午後、本省なども含め計約300人が加わって約2時間実施された。
巡視船が住民を乗せ避難させるケースを想定。
ジュネーブ条約で定められた国民保護に従事していることを示すオレンジ色地に青色の三角形の特殊標章を巡視船のマストや甲板、船体に表示し、見え方を検証した。
統制下でも、海保が非軍事性を保っていると他国に主張する狙いがある。
…あの【特殊標章】の見え方を検証する、とはどういうことなんでしょうか?
あんなに目立つ色、シンプルな図柄なのに、さらに見え方に検討の余地があるのでしょうか?
そこで、まず【特殊標章】のデザインについて確認してみると…。
附属書I 識別に関する規則
第16条【国際的な特殊標章】
1
議定書第66条4に規定する文民保護の国際的な特殊標章は、オレンジ色地に青色の正三角形とする。
ひな型については、第4図に示す。ジュネーヴ諸条約第1追加議定書:附属書Ⅰより
ジュネーヴ諸条約及び追加議定書|外務省 (mofa.go.jp)
図柄の見本については白黒の画像があるだけで、色はオレンジと青というざっくりとした指定しかありません。
その他、形については、
・三角形の一の角が垂直に上を向いていること。
・三角形のいずれの角もオレンジ色地の縁に接していないこと。
…とされています。
大きさについては、
「状況に応じて適当な大きさとする。」と書かれているだけです。
現代の企業や官庁のロゴマークではフォントやカラー・寸法は細かく指定されており、広告媒体によって違いが発生しないようになっています。
では、
なぜ【特殊標章】に関しては細かい指定がないのでしょうか?
この疑問に対するヒントはやはり赤十字にあります。
実は赤十字のマークにも細かい指定はありません。
この点について、
先ほどの日本赤十字社パンフレット『知っていますか?このマークの本当の意味』では、次のように説明されています。↓
「戦争や紛争の中で、傷病者の治療や収容等の活動中であることを示すために赤十字のマークを掲げる人が、常に正確なマークを描けるとは限らないからです。」
(p4より)
さらに、
厳密に色・形・大きさを決めてしまうと、戦場でそれと異なる赤十字を掲げたときに、敵対者に「あれは赤十字ではない!」と攻撃の口実を与えてしまうことになるから。
…ということだそうです。
はー、なるほど。
(+_+;)
そうやって考えると【特殊標章】も赤十字と同様に、細かい指定を決めることが、かえって適当ではないのだと理解できます。
以上をふまえた上で、
武力紛争(他国との戦争や内戦)という混乱状況、夜間や雨天などの悪条件の下でもハッキリとこのマークは視認できる必要があります。
だからこそ【特殊標章】は派手な色、かつシンプルな形なんですねぇ。
話を実動訓練に戻しますと。
【巡視船さがみ】による【特殊標章】の見え方の検証とは、保護すべき国民に対する攻撃の口実を相手に与えないための検証だったと言えるでしょう。
こうして考えると、たしかに【さがみ】の正面・後ろ、横や上空、どの視点からでも【特殊標章】が目に入る配置となっていることがわかりますね。
附属書I 識別に関する規則
第16条【国際的な特殊標章】3
千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ諸条約の国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(議定書Ⅰ) | 外務省 (mofa.go.jp)
国際的な特殊標章は、状況に応じて適当な大きさとする。
この特殊標章は、できる限り様々な方向から及び遠方から識別されることができるよう、可能な限り、平面又は旗に表示する。
文民保護の要員は、権限のある当局の指示に従って、国際的な特殊標章を付した帽子及び衣服をできる限り着用する。
夜間又は可視度が減少したときは、この特殊標章は、点灯し又は照明することができる。
また、この特殊標章は、探知に関する技術的な方法によってこれを識別することができるようにする材料で作ることができる。
おわりに
以上、
デザイン論としての【特殊標章】についてでした。
当初はなんだか変な色でそっけないなぁ…と思われたこのマークも、調べてみると深い意味があり、少しは愛着が湧いてきます。
\(▲_▲)/
ぶるーとらいあんぐる
しかし、
それはそれとしても。
やっぱり巡視船の白い船体には似合わないと感じるのは私だけでしょうか…。
(デザインとしての話です)
もしかしたら目になじんでくると、違和感を覚えなくなってくるのかもしれません。
あまりそのような状況にならないことを祈りつつ、海上保安庁の新たな任務についてこれからも注目していきたいと思います。
2022.8.7
管理人撮影
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