世界海上保安機関長官級会合で読む国際情勢2025

初の海外開催となったCGGSⅣが閉幕しました。
会合に参加した国・しなかった国から国際情勢を読み解きます。

WCGマップ - Google マイマップ
世界のコーストガード機関の所在地マップです。下記文献における組織形態分類を参考にしていますが、作成者の判断により分類先を変えている機関もあります。 【参考文献】 (公財)海上保安協会 『世界の海上保安機関の現状に関する調査研究報告書』R3.3 作成者:オフネ(「巡視船を見に行こう!. com」管理人)

イタリア沿岸警備隊公式X

ローマで国際フォーラムが閉幕
2025年9月12日

第4回世界海上保安機関長官級会合(CGGS)が本日ローマで閉幕しました。このサミットは、世界の海事関係者の注目を集める国際フォーラムの集大成であり、専門知識と経験の共有を通じて対話の促進、戦略の共有、そして海事分野におけるグローバルパートナーシップの強化を目的とした権威あるイベントの開催地として、ローマに集結しました。
(中略)
9月12日(金)は、世界サミット議長職がイタリア沿岸警備隊からインド沿岸警備隊に象徴的に引き継がれ、第5回CGGSを主催することとなりました。

史上初めて、ヨーロッパの国がCGGSを主導。これは、イタリア沿岸警備隊が長年にわたり獲得してきた名声と信頼性を認めるものであり、世界中の沿岸警備隊の基準としての地位を確立し、国際海事の舞台でイタリアが主導的な役割を果たしていることを裏付けるものです。

Conclusi a Roma i Fora internazionali – Guardia Costiera

結果概要

開催
期間
国・
地域
CG
機関
国際
機関
開催場所


2017(H29)
09.14
35383ウェスティンホテル東京
目黒区三田


2019(R1)
11.20~11.21
75768ヒルトン東京お台場
港区台場


2023(R5)
10.31~11.01
87879ホテルニューオータニ
千代田区紀尾井町


2025(R7)
9.11~12
999916コンベンションセンター
ラ・ヌーヴォラ
イタリア・ローマ


2027(R9)インド
香港も1カウントとしている

はじめに

第4回 世界海上保安機関長官級会合(CGGSⅣ)が2025年(令和7年)9月11日~12日に開催されました。

これまで日本が議長国となって東京で行われてきましたが、今回はイタリア共和国(正式名称)の立候補によりローマで開催。

そして、会合は日本とイタリアの両長官による共同議長体制で進められました。

過去最大規模の「第4回世界海上保安機関長官級会合に参加|海上保安庁
発表日 令和7年9月17日 概要  9月10日から12日までの間、イタリア・ロ...

当サイトでは今回と過去3回の状況をふり返り、コーストガード機関の視点から現在の世界情勢を読み解きます。

さらに、今後も継続が予定されているCGGSの意義を考えてみました。

おことわり

以下に示す参加国一覧表は当サイト管理人が独自に作成したものです。

作成に当たっては、前掲の海上保安庁公式発表資料別紙1別紙2pdf及び『世界の海上保安機関の現状に関する調査研究報告書』を参考としました。
(以下、『報告書』と呼びます。)

『世界の海上保安機関の現状に関する調査研究報告書』

岩並秀一・大根潔 共著
(公財)海上保安協会 発行
A4版 63頁 カラー画像付


公益財団法人海上保安協会では、海上保安活動の調査研究事業の一環として、岩並秀一氏(前海上保安庁長官)及び大根潔氏(元第三管区海上保安本部長)を研究員として迎え、「世界海上保安機関長官級会合」から得られた知見をもとに、両氏共著による「世界の海上保安機関の現状に関する調査研究報告書」を取りまとめました。
(うみまるショップHPより)

書籍等 :: 世界の海上保安機関の現状に関する調査報告書 (xn--p8j1fc3cznsc6g4e.jp)

なお、
今回会合の公式略称は「CGGS2025」のようですが、当サイトではCGGS Ⅳ(シージー ジーエス フォー)と呼ぶこととします。

これは第一次世界大戦・第二次世界大戦をWWⅠ・Ⅱ(ワールドウォーワン・ツー)と略すのにならいました。


次に、
参加国名等の邦訳については、公式資料に準拠しつつも当サイト管理人が一部修正しています。
(誤:コロモ沿岸警備隊→正:コモロ沿岸警備隊 など)

また、
「組織形態」の項目で軍事・国境・治安・警察・独立・調整とあるのは、『報告書』における分類を参考に表記したものです。


ただしCGGSⅢ以降の初参加国については、当サイト管理人が独自に判断し分類しています。


【組織形態の分類】

①軍事機関 傘下型「軍事」
軍事機関 本体または
その傘下の実働勢力を有する機関

②国境警備機関 傘下型国境
国境警備機関 本体または
その傘下の実働勢力を有する機関

③治安警察機関 傘下型「治安」
治安警察機関 本体または
その傘下の実働勢力を有する機関

④警察機関 傘下型警察
警察機関 本体または
その傘下の実働勢力を有する機関

⑤独立機関型「独立」
上部機関が実働勢力を有しない機関であって、
①~④の機関形態以外の機関

⑥調整機関型「調整」
他のCG機関間の調整を行うことを任務とする機関


最後に、
外国CG機関における職員の肩書きは様々ですが、組織のトップ・組織の№.2を長官・副長官と統一的に呼称することとします。
(例:中国海警局局長→中国海警局長官)

CGGS初参加の国

地域参加機関名組織
形態

2017
H29

2019
R1

2023
R5

2025
R7
1南米ボリビア海軍軍事   
2南米ウルグアイ
国家海上保安機関
軍事   
3大洋州パプアニューギニア
海上保安局
独立   
4中東レバノン軍軍事
5欧州アルバニア沿岸警備隊独立   
6欧州ボスニア・ヘルツェゴビナ
保安省
国境   
7欧州ブルガリア国家国境警備庁国境   
8欧州クロアチア沿岸警備隊軍事   
9欧州キプロス共和国法務省独立   
10欧州デンマーク海軍軍事   
11欧州フィンランド国境警備隊国境   
12欧州アイルランド沿岸警備隊独立   
13欧州モナコ内務省警察局警察   
14欧州モンテネグロ
海上安全港湾管理局
独立   
15欧州スロベニア海事局独立   
16アフリカアンゴラ海事局独立   
17アフリカコンゴ国防省軍事   
18アフリカコートジボワール運輸省独立   
19アフリカモーリタニア沿岸警備隊独立   
20アフリカモロッコ海軍軍事   
21アフリカタンザニア海運代理店公社独立   
22アフリカチュニジア海軍軍事
CGGS初参加の国

初参加国の傾向

最初は今回初めてCGGSに参加した国のご紹介から。

22ヵ国中、ヨーロッパから12ヵ国が初参加しており、次いでアフリカから7ヵ国となっています。

やはりアジアを離れて欧州開催であることが、これまで参加の難しかった国を促したのでしょう。

特に欧州圏ではアドリア海沿岸国の参加が目立ちます。


北から順に…
・スロベニア共和国
・クロアチア共和国
・ボスニア・ヘルツェゴビナ
・モンテネグロ
・アルバニア共和国




ボスニア・ヘルツェゴビナ保安省(実働は国境警備隊)




アドリア海そのものはあまり馴染みがありませんが、ジブリアニメ『紅の豚』の舞台となった場所として記憶している方もいるでしょう。

そしてクロアチアのドゥブロヴニク市は「アドリア海の真珠」と呼ばれるほどの美しい港町。

ここもジブリアニメ『魔女の宅急便』に登場する街並みのモデルとされています。

そして上記に挙げたバルカン半島西岸の国々は、イタリアとともにアドリア海を共有しており、組織形態や名称は異なるもののCG機関を通じて連携しています。


フィンランドとウクライナ侵攻

さて。
初参加国の中で私が特に注目しているのはフィンランド。

ロシアとの陸上国境を接する北欧の国ですが、軍事面においては中立的な政策をとってきていました。

しかし、2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻を受けて、同年5月にNATO(北大西洋条約機構)への加盟を申請。

そして、2023年4月4日に31番目の加盟国となりました。

英: North Atlantic Treaty Organization
仏: Organisation du traité de l’Atlantique nord



同様にスウェーデンも中立政策を転換して2022年5月にNATO加盟を申請、2024年3月7日に加盟を果たしています。

これによりNATOは32ヵ国体制となる強固な軍事同盟を築いています。(2025年12月現在)

リトアニアとポーランドの間に
ロシアの飛び地:カリーニングラード州がある


改めて、
隣国ロシアによる軍事行動が、いかにフィンランドに強い危機感を与えたかがわかります。

こうした動きに加えて、
フィンランド国境警備隊(RajavartiolaitosラヤヴァルティオライトスがCGGSに初参加したことは、軍事面を含めた総合的な海洋安全保障に関して国際的な連携と協力を求めた結果ではないかと私は考えています。

フィンランド内務省

参加機関名
(NATO加盟年月日)
組織
形態

2017
H29

2019
R1

2023
R5

2025
R7
ノルウェー王立海軍沿岸警備隊
(1949.08.24)
軍事
デンマーク王立海軍
(1949.08.24)
軍事
ポーランド国境警備隊
(1999.03.12)
国境
エストニア警察国境警備隊
(2004.03.29)
国境  
ラトビア国境警備隊
(2004.03.29)
国境  
リトアニア国境警備隊
(2004.03.29)
国境  
フィンランド国境警備隊
(2023.04.04)
国境   
スウェーデン沿岸警備隊
(2024.03.07)
独立    
ロシア連邦保安庁国境警備局国境
スウェーデンはこれまでCGGSに参加していない


ただし、CGGSは非軍事的な枠組みであり、国際条約などの法的拘束力を持つものではありません。

しかしながら、現状においてCGGSが海上保安分野における唯一の全世界的な連帯である点は今後ますます重要になってくるものと思われます。

ちなみにロシア連邦保安庁国境警備局は前回に引き続いて不参加でした。

余談:CG機関邦訳名について


南米ウルグアイから海軍の下部機関
Prefectura Nacional Navalプレフェクトゥーラ・ナシオナル・ナバルについて。

ウルグアイ国家海上保安機関

当サイトではこれまで「ウルグアイ沿岸警備府」と仮訳しましたが、今回海上保安庁からウルグアイ国家海上保安機関と公式翻訳が示されました。

今まで日本語文献に登場してこなかったCG機関に、一応の邦訳名が与えられることもCGGSの一つの意義であろうと思います。


…とは言いながら、頭を悩ませるのはパプアニューギニアのNational Maritime Safety Authorityナショナル・マリタイム・セーフティー・オーソリティー

これまで同国からはパプアニューギニア国防軍(国軍)が参加してきましたが、今回は別の文民機関がCG機関として登場しました。

問題はその機関名を海上保安庁は「パプアニューギニア海上保安庁」と訳していること。


この日本語訳について私は適当ではないと感じています。

まず、一般的に日本の〇〇庁に対応する英語訳は”Agency”とするのが通例であるため、逆に外国機関の”Authority”は〇〇局など適宜翻訳するのが妥当ではないでしょうか。

何より日本の固有機関名とパプアニューギニアの機関名が字面の上で混同しやすいように思います。

そこで当サイト管理人独自の判断により「パプアニューギニア海上保安」と表記しています。

4回すべて参加した国

次にCGGSⅠから参加している常連国をみていきましょう。

地域参加機関名組織
形態

2017
H29

2019
R1

2023
R5

2025
R7
1北米カナダ沿岸警備隊独立
2北米アメリカ沿岸警備隊独立
3アジアバングラデシュ沿岸警備隊独立
4アジア中国海警局治安
5アジアインド沿岸警備隊独立
6アジアインドネシア海上保安機構独立
7アジア日本海上保安庁独立
8アジア韓国海洋警察庁独立
9アジアマレーシア海上法令執行庁独立
10アジアモルディブ国防軍沿岸警備隊軍事
11アジアパキスタン海上警備庁独立
12アジアスリランカ沿岸警備隊独立
13アジアベトナム沿岸警備隊独立
14大洋州オーストラリア国境警備隊
/海上国境司令部
国境
調整
15大洋州ニュージーランド王立海軍軍事
16大洋州パラオ司法省
海上保安・魚類野生動物保護部
独立
17中東トルコ沿岸警備隊独立
18欧州アゼルバイジャン国家国境庁国境
19欧州フランス海洋事務総局調整
20欧州ジョージア沿岸警備隊国境
21欧州ポルトガル海事局軍事
21アフリカナイジェリア海事安全庁独立
調整

カナダ沿岸警備隊

カナダ沿岸警備隊

過去3回議長国を務めた日本はもちろんのこと、アメリカ・カナダの北米2か国、中国・韓国・インドなどのアジア諸国が毎回参加。

共同議長国を務めたイタリアは第1回に参加していないので、皆勤賞は逃しています。

そもそも初の海外開催となる今回はカナダが議長国になるのではないかと私は予想していました。

というのも世界的会合となれば、自国の組織に運営能力と他国を集める信望がなくてはなりません。

その点、カナダ沿岸警備隊は1962年1月26日設立であり60年以上の実績を持ちます。

国際関係としてもカナダと鋭く対立する国は見受けられないため、中立的な立場から議長国としてふさわしいと思っていたのです。

しかし、CGGSⅣ開催の直前9月2日をもって、カナダ沿岸警備隊は国防省へ移管されました。

国防大臣からのメッセージ:
カナダ沿岸警備隊を歓迎します

2025年9月2日

本日、カナダ沿岸警備隊(CCG)とカナダ水産海洋省の重要な職員を国防チームに迎えられることを光栄に思います。これは、CCGが長年築いてきた国の海洋利益と資源を保護する伝統を基盤とし、カナダを守るという私たちの共同の責任を深める、刺激的な新章の始まりを示しています。
(中略)
CCGは引き続き文民の特別任務機関として機能します。CCGの人員や資産に武装させる計画も、組織内で追加の執行役割を組み込む計画もありません。CCGは、捜索救助、砕氷、環境保全と保護、安全な航行、海洋科学支援など、カナダ国民が依存する重要なサービスを提供し続けます。

Message from the Minister of National Defence: Welcoming the Canadian Coast Guard – Canada.ca


ただし、国防省の傘下になっても業務は引き継がれ、文民組織としての性質も変わりありません。

直接にカナダ海軍の下に置かれるわけでもないため、CG機関としての分類も「独立型」のままです。


独立機関型CG機関の定義
上部機関が実働勢力を有しない機関であって、他の機関形態以外の機関





とは言え、
CCGにとって大きな変化であることは間違いなく、数年がかりの準備作業が必要だったと推測されます。

したがってCGGSを運営する余裕はなかったと思われ、それ故に議長国にならなかったのも当然と言えるでしょう。


中国海警局

話は変わって中国海警局について。

意外かもしれませんが、
中国海警局は第1回目からずっと参加しているCGGS常連国です。

尖閣諸島への領海侵入や、南シナ海でフィリピンに対する攻撃的な態度からすると、あたかも国際的な協調に全く関心がないかのように思われるかもしれません。

しかし、一つの事実として中国は日本が開催してきたCGGSⅠ~Ⅲに加えて、Ⅳに参加しています。

また、地域的枠組みであるアジア海上保安機関長官級会合にも参加していることは知っておく必要があります。

令和6年9月
第20回アジア海上保安機関長官級会合(於:韓国)
前列右から4人目が中国代表と思われる

ただし、長官級会合と謳われる集まりに中国海警局のトップである郁 忠(いく ちゅう ユ・ゾン)長官の姿は見えません。

郁忠長官の就任は2022年12月頃とされていますが、少なくとも2023年CGGSⅢには欠席、2025年CGGSⅣにも長官は出席していないようです。

CGGSⅣ 集合写真より一部抜粋
後方列中央緑色の制服人物が中国代表と思われる。
欧州連合 漁業水産委員会委員長 公式Xより

ちなみにCGGSⅢに出席したのは中国海警局の劉振(リュー・ジェン)副長官であり、今回CGGSⅣにも氏名不詳ながら組織高官らしき人物が出席しています。


さて。

それではこの中国海警局のCGGSに対する距離感をどう理解すればよいのでしょうか?

この点について興味深い証言がありますのでご紹介いたしましょう。

証言の元は渡邉 保範 やすのり第11代海上保安監。

海上保安大学校・海上保安協会の主催シンポジウムにおける講演の中で披露されたエピソードです。

シンポジウム「海上保安における競合と協力」
海上保安大学校HHPより一部抜粋

渡邉 海上保安監(当時)が主催者側として出席したCGGSレセプション会場でのこと。

中国海警局高官から「私がここに派遣されているというメッセージをしっかりと受け取ってほしい。」という旨の発言があったそうです。
(渡邉氏の明言はないものの、おそらくCGGSⅢにおけるリュー・ジェン副長官の発言と推測される)



これは私の推測ですが、
中国海警局としても国際的な枠組みに関心は持っており、そのことを長官に準ずる地位の者を送り込むことによってアピールしたかったのではないでしょうか。

実際の行動についてはさておき、「国際社会に対して協調的である」という態度は示しておきたいという中国海警局の意図と願望が存在する。

…このことは認識しておく必要がありそうです。


【補足】
上記紹介した証言は私がシンポジウムを傍聴した際に聴き取ったものです。本講演のYouTubeライブ配信もありましたが、現在は公開されていません。講演記録の公表もされていないので、出典は私のメモのみとなります。
《証言元》2024年11月23日(土)
日本財団海上保安研究基金 令和6年度学術シンポジウム「海上保安における競合と協力~今日の国際環境といかに向き合うか~」

再参加機関


地域参加機関名組織
形態

2017
H29

2019
R1

2023
R5

2025
R7
1アジアブルネイ王立警察隊警察 
2大洋州マーシャル諸島警察局警察  
3中東サウジアラビア国境警備隊国境  
4欧州ドイツ連邦警察警察  
5アフリカモーリシャス警察隊:
国家沿岸警備隊
警察  

ここでは、
CGGSⅢには不参加だったものの、
CGGSⅣで再び参加した機関をご紹介します。

ここでは特段大きなトピックスはありませんので、一点だけ指摘しておきます。

ドイツ連邦警察

今回、ドイツ連邦警察が再び参加しています。

2回目の出席となるため、あたかもドイツにおけるCG機関は警察傘下型機関単独のように思われるかもしれません。

しかし実態としては
Maritime SicherheitsZentrumマリティム ジヒャーハイツ ゼントルムと呼ばれる調整機関の下で、連邦警察・税関・連邦農業食品局・連邦水路海運局・ドイツ海軍・州水上警察などの実働部隊が運用されています。


MSZの運営管理体制

したがって、ドイツの海上保安制度は本来調整機関型の体制に分類できるのですが…。

ただし、CGGSへの出席状況を考えると、その中心的存在はやはりドイツ連邦警察なのではと推測できます。

表面上は調整機関型であっても、内部の実働勢力の力関係は各国によって異なります。

そして、その微妙な力関係を窺い知れるのもCGGS開催とその研究の意義ではないかと考えます。

過去参加したが今回不参加の国

地域参加機関名組織
形態

2017
H29

2019
R1

2023
R5

2025
R7
1アジアカンボジア国家警察警察 
2アジアミャンマー海事局独立
3大洋州フィジー共和国海軍軍事 
4欧州ロシア連邦保安庁
国境警備局
国境
5アフリカジブチ沿岸警備隊独立 

ここでは今回CGGSⅣには参加しなかった国の中から、特にロシアについて取り上げます。

改めて、
2022年(令和4年)2月24日以降のウクライナ戦争によって、ロシアは自ら国際的孤立に陥っています。


戦争は間もなく4年目を迎えようとしており、既に日本が経験した太平洋戦争の約3年9ヵ月を超えています。

とりあえず、
戦争勃発以降のロシア国境警備局と海上保安庁の関係をふりかえってみると…。

まず世界的会合であるCGGSⅢとⅣに不参加であることは既に述べた通り。

しかし地域的会合である北太平洋海上保安フォーラム(NPCGF)では少し状況が異なります。

そもそも北太平洋海上保安フォーラムは、北太平洋地域に位置する主要6カ国の海上保安機関の長が一堂に会する多国間の枠組みのこと。
(日本・米国・カナダ・韓国・中国・ロシア)

そのフォーラムにおける最近のロシアと中国の参加状況は次のとおりです。

日時開催場所
(議長国)
ロシア出席者中国出席者
232022年
(令和4年)
9月20~22日
オンライン
(韓国)
あり
出席者不明
あり
出席者不明
232023年
(令和5年)
9月18~22日
カナダ
バンクーバー
なしなし
242024年
(令和6年)
9月23~26日
日本
東京
なしリュー・ジェン
副長官
252025年
(令和7年)
9月22~25
中国
上海
ローマン・トロク
副長官
ユ・ゾン
長官
262026年
(令和8年)
ロシア


第24回 北太平洋海上保安フォーラムサミット
日本・東京

《写真左から》
①韓国海洋警察庁(キム・ジョンウク長官)
②カナダ沿岸警備隊(デレク・モス西部管区副局長)
③海上保安庁(瀬口 良夫長官)
④中国海警局(リュー・ジェン副長官)
⑤米国沿岸警備隊(アンドリュー・J・ティアンソン太平洋方面司令官)


第25回 北太平洋海上保安フォーラムサミット
中国・上海

《参加機関代表者》
海上保安庁(瀬口 良夫長官)
カナダ沿岸警備隊(マーク・メス副長官)
中国海警局(ユ・ゾン長官)
韓国海洋警察庁(キム・インチャン捜査局長)
米国沿岸警備隊(ジョセフ・バゼラ太平洋方面司令官)
ロシア国境警備局(ローマン・トロク副長官)


まず指摘すべき点として中国海警局のユ・ゾン長官が、自国開催での第25回フォーラムに(当然のことながら)出席しています。

そして、中国開催だからなのかロシア国境警備局も久々に参加。

さらに、この北太平洋海上保安フォーラムは構成各国による持ち回り方式で運営されているので、次回はロシアが議長国となる予定です。

その次回第26回への準備と引継を受けるためにも、久々に参加したのかもしれません。

いずれにせよ、
終わりが見えないウクライナ戦争の行方とともに、コーストガード界におけるロシアの動向についても注目が必要です。

議長総括にみるCG機関の定義

CG機関は何をなすべき存在か?

さて。
それでは今回のまとめに入っていきましょう。



私は以前、CGGSの開催意義について次のように述べました。


それでは各国バラバラの名称・業務内容の機関が一堂に集まる意義とは何なのでしょうか?
それは世界のCG機関がまさに今、


自分たちは何者なのか?
自分たちは何をなすべき存在なのか?

…というアイデンティティを模索する過程にあって、一つの方向性を見出すための場としてCGGSは機能している。と、このように私は考えます。


この問いに対する答えがCGGSⅣを通じてまとめられた文書『議長総括』に見え始めています。

まず先に「CG機関は何をなすべき存在か?」について。

第4回世界海上保安機関長官級会合議長総括
(仮訳)
2025年9月11日、12日、於イタリア・ローマ

3 海上保安機関等の長は、海上における人命の安全の確保、船員の適切な生活と労働条件、遭難と災害対応の準備、海洋環境保全、水中インフラのサプライチェーンの回復力を高めることも目的とした交通監視の実施、そして国際海洋法を前提とした、海洋における法の支配に基づく海洋秩序の確保は、世界中の人々が安心して海を利用し様々な恩恵を享受するための不可欠な基盤であることを再確認した。

第4回世界海上保安機関長官級会合議長総括(仮訳)

ここで挙げられているのは次の6つ。
①海上における人命の安全の確保
②船員の適切な生活と労働条件(の確保)
③遭難と災害対応の準備
④海洋環境保全
⑤交通監視の実施
⑥法の支配に基づく海洋秩序の確保

これらを日本に当てはめてみると、②船員の生活と労働条件に関する措置は国土交通省海事局の所掌ではあるものの、それ以外はおおむね海上保安庁の業務となっています。

そもそもCG機関が実際に抱える業務内容は各国によって様々であり、統一的なルールはありません。

しかしながら上記の6点が「世界中の人々が安心して海を利用し様々な恩恵を享受するための不可欠な基盤であること」を99のCG機関長官が「再確認」しています。

これは言い換えれば、
CG機関の業務に関する共通認識が固まりつつある、ということを意味しています。


CG機関とは何者か?

そしてもう一つ、
「コーストガード機関とは何者なのか?」について。

第4回世界海上保安機関長官級会合議長総括
(仮訳)
2025年9月11日、12日、於イタリア・ローマ

9 海上保安機関等の長は、世界長官級会合が今回の会合で数が急増したより多くの参加者と共に、グローバルかつ有用なプラットフォームとして更なる世界海上保安機関長官級会合の発展を歓迎し、これまで以上に機能的かつ持続可能なものとなったことを認識し、世界の海上保安機関間の連携・協力のプラットフォームとして引き続き有効に機能させていく必要性を確認した。

加えて、the first responders and front-line actors たる海上保安機関等が直面する課題を克服し、Peaceful, Beautiful and Bountiful Seas を次世代に受け継ぐためには、海上部門における共通の行動理念への理解を深めるとともに、全世界の海上保安能力をfurther enhance させることが重要であること再認識した。

第4回世界海上保安機関長官級会合議長総括(仮訳)

ここでは海上保安機関等(CG機関)を指して、
・First responders(初期対応に当たる者)
・Front-line actors(現場で活動する者)

…と表現されています。

ただし、カッコ内は当サイト管理人が独自に翻訳したものであり、海保公式ではありません。

いささか抽象度の高い表現であるため、少し検討を加えてみます。


まずファースト・レスポンダーは、主に救命救急や火災発生の場面で用いられる言葉。

救急隊員や消防士、警察官といった、市民生活における緊急事態に対して真っ先に対応する立場の人を指しています。

そうすると、
遥か洋上における救助活動や船舶火災に対応するCG機関の職員もまた、ファースト・レスポンダーに含めてよいと思われます。



次にフロントライン・アクターについては、事件事故の現場で機能する存在という意味が込められているように感じます。

さらにこの2つの概念を逆方向から考えてみると…。

ファースト・レスポンダーの反対は、
ラスト・レスポンダーと言うことができます。

これは事態終息に向けて最後に(または最後の手段として)投入される者と解されます。

具体的に言えば自衛隊員や諸外国における軍人のイメージ。

そして、
フロントライン・アクターの反対は、
バックライン・アクター。

後方にあって意思決定や管理運営、ネゴシエーション(交渉・折衝)を行う存在を指すと思われます。

これも究極的に言えば、国家の意思決定を行う政権中枢あるいは外交交渉を行う外務省がイメージされます。

以上のように理解すると、
ファースト・レスポンダーズ&
フロントライン・アクターズの意味もおぼろげながら見えてくるような気がします。



話を元に戻すと、
CG機関は海上における緊急事態の初期対応者であり、海洋活動の現場を担う存在なのだ…と議長総括は提示しています。

そして大切なことは、この自覚と使命が世界99ヵ国・99のCG機関の長官級による共通認識として文書にまとめられた点。

言わずもがな、
上記の「認識」は中国海警局も共有したことになっていますので。

もちろんこれは何ら法的拘束力などを持つものではありません。

しかし、これまで曖昧だった世界のコーストガード機関に対する一つの方向性が定まったことに重要な意義があると私は考えています。



おわりに

さて、初の海外開催となったCGGSⅣを参加・不参加など様々な角度から分析してみました。

前回の2023年からまだ2年しか経っていませんが、驚くほど世界は急速に不安定化の一途をたどっています。

特に民主主義や人権思想に替わって、権威主義や排外的な思考が人々の心を捉えるようになったこと。

国連や国際法の枠組みが無力に感じられるような凄惨な武力紛争も続いています。

そんな中でも「大阪万博2025」の開催期間中に示された世界の人々とのつながりは、我々に希望を見せてくれました。

そして、コーストガード機関という比較的新しく若い組織が、その連帯の規模を拡大させつつあることも一つの希望と捉えてよいと思います。

日本からイタリアへ、
そしてイタリアからインドへ。

さらにその先にコーストガード機関のどんな未来が待ち受けているのか。

これからも注目していきたいと思います。


世界海上保安機関長官級会合で読む
国際情勢2025

おわり



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参考動画

CGGS参加国一覧

地域参加機関名組織
形態

2017
H29

2019
R1

2023
R5

2025
R7
1北米カナダ沿岸警備隊独立
2北米アメリカ沿岸警備隊独立
3中米バハマ国防軍軍事  
4中米コスタリカ沿岸警備隊独立 
5中米エルサルバドル海軍軍事  
6中米グアテマラ国防軍軍事  
7中米ハイチ海運課独立 
8中米ジャマイカ国防軍沿岸警備隊軍事  
9中米メキシコ海軍軍事 
10中米セントクリストファー・ネービス
国防軍沿岸警備隊
軍事  
11中米セントビンセント及び
グレナディーン諸島警察沿岸警備隊
警察 
12中米トリニダード・トバゴ
国防軍沿岸警備隊
軍事 
13南米アルゼンチン沿岸警備隊独立 
14南米ボリビア海軍軍事   
15南米ブラジル海軍軍事 
16南米チリ海軍海上領域商船総局軍事  
17南米コロンビア海軍軍事  
18南米エクアドル海軍軍事  
19南米ガイアナ国防軍軍事   
20南米パラグアイ海軍軍事  
21南米ペルー港務沿岸警備総局軍事 
22南米ウルグアイ国家海上保安機関軍事   
23アジアバングラデシュ沿岸警備隊独立
24アジア王立ブルネイ警察隊警察 
25アジアカンボジア国家警察警察 
26アジア香港警察/海上部警察 
27アジア中国海警局治安
28アジア中国海事局独立   
29アジアインド沿岸警備隊独立
30アジアインドネシア海上航空警察警察   
31アジアインドネシア運輸省
海運総局警備救難局
独立   
32アジアインドネシア海上保安機構独立
調整
33アジア日本海上保安庁独立
34アジア韓国海洋警察庁独立
35アジアラオス公安省独立   
36アジアマレーシア海上法令執行庁独立
37アジアモルディブ国防軍沿岸警備隊軍事
38アジアミャンマー海事局独立  
39アジアパキスタン海上警備庁独立
40アジアフィリピン沿岸警備隊独立  
41アジアシンガポール警察沿岸警備隊警察 
42アジアシンガポール海事港湾管理局独立   
43アジアスリランカ沿岸警備隊独立
44アジアタイ国家警察/海上警察部警察   
45アジアタイ海上法令執行司令センター調整 
46アジアタイ海事局独立   
47アジア東ティモール国家警察:
海事警察ユニット
警察  
48アジアベトナム沿岸警備隊独立
49大洋州オーストラリア国境警備隊
/海上国境司令部
国境
調整
50大洋州クック諸島警察警察 
51大洋州フィジー共和国海軍軍事 
52大洋州キリバス警察隊警察  
53大洋州マーシャル諸島警察局警察  
54大洋州ミクロネシア連邦国家警察警察  
55大洋州ナウル警察警察 
56大洋州ニュージーランド王立海軍軍事
57大洋州ニウエ警察警察   
58大洋州パラオ司法省
海上保安・魚類野生動物保護部
独立
59大洋州パプアニューギニア国防軍軍事  
60大洋州パプアニューギニア海上保安庁独立   
61大洋州サモア警察警察 
62大洋州トンガ王国軍軍事   
63大洋州ツバル警察警察   
64大洋州バヌアツ警察警察   
65中東バーレーン沿岸警備隊独立 
66中東イラン沿岸警備隊国境   
67中東ヨルダン海軍軍事  
68中東レバノン軍軍事   
69中東オマーン王立警察沿岸警備隊警察  
70中東カタール沿岸警備隊独立  
71中東サウジアラビア国境警備隊国境  
72中東トルコ沿岸警備隊独立
73欧州アルバニア沿岸警備隊独立   
74欧州アゼルバイジャン国家国境庁国境
75欧州ベルギー沿岸警備隊調整 
76欧州ボスニア・ヘルツェゴビナ保安省国境   
77欧州ブルガリア国家国境警備庁国境   
78欧州クロアチア沿岸警備隊軍事   
79欧州キプロス共和国法務省独立   
80欧州デンマーク王立海軍軍事   
81欧州エストニア警察国境警備隊国境  
82欧州フィンランド国境警備隊国境   
83欧州フランス海洋事務総局調整
84欧州ジョージア沿岸警備隊国境
85欧州ドイツ連邦警察警察  
86欧州ギリシャ沿岸警備隊独立 
87欧州アイスランド沿岸警備隊独立 
88欧州アイルランド沿岸警備隊独立   
89欧州イタリア沿岸警備隊軍事 
90欧州ラトビア国境警備隊国境  
91欧州リトアニア国境警備隊国境  
92欧州マルタ国軍軍事  
93欧州モナコ内務省警察局警察   
94欧州モンテネグロ海上安全港湾管理局独立   
95欧州オランダ沿岸警備隊調整  
96欧州ノルウェー王立海軍沿岸警備隊軍事  
97欧州ポーランド国境警備隊国境 
98欧州ポルトガル海事局軍事
99欧州ルーマニア国境警察国境 
100欧州ロシア連邦保安庁国境警備局国境  
101欧州スロベニア海事局独立   
102欧州スペイン治安警察海上業務隊治安 
103欧州ウクライナ国境警備隊国境  
104欧州イギリス王立沿岸警備隊独立 
105アフリカアルジェリア海軍沿岸警備局軍事 
106アフリカアンゴラ海事局独立   
107アフリカベナン海軍軍事  
108アフリカカメルーン海軍軍事  
109アフリカコモロ沿岸警備隊独立 
110アフリカコンゴ国防省軍事   
111アフリカコートジボワール運輸省独立   
112アフリカジブチ沿岸警備隊独立 
113アフリカエジプト海軍軍事  
114アフリカガーナ海事局独立  
115アフリカケニア沿岸警備隊独立 
116アフリカケニア海事局独立   
117アフリカマダガスカル海軍軍事 
118アフリカモーリタニア沿岸警備隊独立   
119アフリカモーリシャス警察隊:
国家沿岸警備隊
警察  
120アフリカモロッコ海軍軍事   
121アフリカナイジェリア海事安全庁独立
調整
122アフリカセネガル
海上安全・治安・海洋環境保護
調整担当高等庁
調整 
123アフリカセーシェル国防軍沿岸警備隊軍事 
124アフリカシエラレオネ海事局独立 
125アフリカソマリア沿岸警備隊警察 
126アフリカ南アフリカ海上安全局独立 
127アフリカタンザニア海運代理店公社独立   
128アフリカチュニジア海軍軍事   

 

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